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●周囲に海がない長野県の郷土料理「塩いか」とは? 本場の美味しい食べ方もご紹介します!

 おやきに日本酒、ソバにりんご。変化球なら昆虫食や馬肉文化。長野県のおいしい食べ物は、この辺りがド定番でしょうか。そうした食べものを調べていく中で、東京生まれの筆者にとって「なぜ!?」と驚いた長野県の郷土食が「塩いか」でした。海なし県なのに、海産物のイカが登場する不思議……。

 輸送技術が発達した今でこそ、山奥でおいしい魚が食べられるのは珍しくありませんが、農林水産省がまとめた「うちの郷土料理」によると、長野県の塩いかは「江戸時代中期から作られるようになった」とあります。

 同サイトでは、こんな説明もありました。

・塩いかは、元は塩そのものを交易する際の副産物だった。
・長野県は海から遠いため、海産物は水揚げされた地域で加工され、「塩の道」を通って内陸部へ運ばれた。※塩の道はいくつかルートがある。塩丸いかは、その代表的な食品。

 なるほど、塩の偉大さがよくわかります(人の営みに欠かせない物質ですものね)。塩の力によって、海から遠く離れた地へ海産物が届く素晴らしさ。その食文化が今でも残っていたのでした。長野出身の友人たちに聞くと「スーパーに行くと当たり前のように売ってるもの」であると。新鮮な魚介類が食べられるようになった今でも、一般家庭の定番食材として、愛され続けている郷土食なのですね。

 現地で「塩丸いか」を手にとると、イカの内臓と皮をとり、塩蔵されたものがパック詰めされていました。これは東京のスーパーでは出会えない食材だなあ……(長野県のアンテナショップ銀座NAGANOならワンチャンあるかも?)と、まじまじと見つめてしまいました。福井県で加工されたイカが、長野県を中心に消費される、食文化の面白さよ。

 さて、本場・長野ではどのようにこの「塩いか」を食べるか? 紹介していきましょう。

本場の塩いかを使ってオシャレなセビーチェを作る!


開封した「塩いか」

 夏の長野旅行でお世話になった宿で、夕飯のひと品にリクエストしてみました。塩いかは塩蔵されているので、袋から取り出したそのままを食べると、とてつもないしょっぱさ。試しにひと切れ口に入れてみると、拒絶反応で表情筋が活性化するレベルです。


使う前に「塩抜き」必須! 今回は30分ほど水にさらしていました

 なのでまずは「塩抜き」が大前提。水につけ過ぎるとうま味が抜けるので、このさじ加減も、腕の見せ所になるよう。


塩抜きの後、細切りにされると、すごく見覚えのあるイカの姿になる

 塩抜き後のひと切れを味見すると、生のイカとも軽くボイルしたイカとも違う、やわらかくしっとりした歯触り、そしてしっかり塩気のしみこんだイカのうまみ! これは、なかなかクセになるなあ。


オシャレな料理に変身した塩丸いか

 この日は細切りにした塩いかが、トマトやパプリカ、タマネギなどの夏野菜、黒オリーブと和えられ、南米風のセビーチェに大変身。しょっぱい塩いかが調味料的な役目も果たし、ワインにもビールにも抜群に合う、最高のおつまみとなりました。

 後日、長野出身の色々な人に聞いてみたところ、塩いかの定番の食べ方は「酢の物」という話でした。キュウリやワカメ、家によってはミョウガが入るケースも。「暑い時期によく食べるもので、親戚の集まりにはマスト。お茶請けとして出すときもある」と話すのは、友人H。60代後半には、「ごちそう」という感覚の人もいたようです。

「子どもの頃のご馳走で、お祭りや盆正月に、キュウリ甘酢あえ、マヨネーズあえ、味噌ぬたなんかも定番だったねえ」

 こんなコメントも、友人経由で到着。懐かしい、思い出の味というのは、聞いているだけでも幸せいっぱい。

 ただし「最近はあまり食べなくなった」という声もあり、「実家への帰省でお盆に食べた」のは10人中1名でした。さらに20代になると、なんと5人中1名しか存在を知らなかったのです(友人Hの調査)。「最近価格が高くなってしまって食べなくなった」という声もあるようで、こうした郷土料理は食べる機会が減っている様子もうかがえました。価格以外にも伝承の問題など多々原因がありそうですが、豊かな食体験が消えていくのは、非常にさみしい気持ちになります。

 先人の知恵や土地の歴史がギュッとつまった、長野の味。機会があれば、ぜひまた食べたいものです。

●著者プロフィール

ムシモアゼルギリコ
フリーライター。記事の執筆のほか、TV、ラジオ、雑誌、トークライブ等で昆虫食の魅力を広めている。昆虫食だけでなく、一般の食卓では見かけないような食材を追うのが好き。著書に『びっくり! たのしい! おいしい! 昆虫食のせかい むしくいノート』(カンゼン)、『スーパーフード! 昆虫食最強ナビ』 (タツミムック)