税務調査は本来、不正行為の防止や申告内容の確認のために行われます。しかし、経済ジャーナリストの森永卓郎は、税務調査には“まったく別の側面”があると考えているそうです。著書『書いてはいけない 日本経済墜落の真相』(三五館シンシャ発行、フォレスト出版発売)より、同氏の見解をみていきましょう。

個人にも向けられる「税務調査」の刃

2023年10月23日に私はユーチューブの「新日本文化チャンネル桜」に出演した。共演者のなかに産経新聞の編集委員兼論説委員の田村秀男氏がいた。田村氏は、大手メディアのなかでもっとも的確に経済を分析し、忖度せずに発言を続けている、私がもっとも尊敬するジャーナリストだ。

私は、田村氏に「田村さんのところには、財務省はご説明攻撃に来ないのですか?」と聞いた。田村氏は「一度、数人の財務官僚が産経新聞にやってきたことがあった」と答えた。

ところが、田村氏は、そのご説明を自ら頭に叩き込んでいるデータをもとに完膚なきまでに否定してしまったそうだ。いかにも田村氏らしいエピソードなのだが、その直後、産経新聞には税務調査が入ってきたそうだ。

じつは、税務調査を受けたのは産経新聞社だけではない。本と雑誌のニュースサイト「リテラ」は2017年7月4日に「東京新聞が受けていた、ありえない税務調査の嫌がらせ」と題して、次のような記事を載せている。

直近でもっとも露骨だったのは、2011年から2012年にかけての東京新聞(中日新聞)に対する調査だ。

財務官僚に籠絡され、消費税増税へとひた走ろうとしていた当時の民主党・野田政権に対して、東京新聞は〈野田改造内閣が発足増税前にやるべきこと〉〈出先機関改革実現なくして増税なし〉などの社説で真っ向から批判を展開していた。

すると、半年以上の長きにわたる異例の“調査”が入り、約2億8,600万円の申告漏れが指摘されたのだ。

中日新聞と東京新聞は2016年にも、再び大規模な“調査”を受けている。

このときは大きな不正はほとんど見つからなかったが、取材源秘匿のため取材先の名前を公開しなかった領収証を経費として認めないなど、重箱の隅をつつくような調査で、約3,100万円の申告漏れを指摘された。

しかも、こんな少額の申告漏れにもかかわらず、国税当局はこの情報を他のマスコミにリークして記事にさせている。

「2016年の調査は、官邸の意向を受けてのものと言われていましたね。2015年の安保法制強行採決や米軍基地問題での東京新聞の批判に、官邸が激怒し、国税を動かしたのではないか、と」(全国紙政治部記者)

もちろん、こうした目にあっているのは東京新聞だけではない。マスコミが財務省の政策批判や不祥事報道に踏み込んだあとには、必ずといっていいほど、税務調査が入っている。

たとえば、90年代終わり、それまで絶対タブーだった旧大蔵省にマスコミが切り込み、ノーパンしゃぶしゃぶ接待など、汚職事件の端緒を開いたことがあったが、その少し後、2000年代に入ると、国税当局は一斉に新聞各社に税務調査を展開した。

2007年から2009年にかけても、朝日、読売、毎日、そして共同通信に大規模調査が入り、申告漏れや所得隠しが明らかになっている。

この時期は第一次安倍政権から福田政権、麻生政権にいたる時期で、マスコミは政権への対決姿勢を明確にし、官僚不祥事を次々に報道していた。これらの調査はその“報復”ではないかと指摘された。

さらに、東京新聞に大規模調査が入った2011年には、やはり消費増税に反対していた産経にも“調査”が入っている。また、2012年3月には朝日が2億円超の申告漏れを、4月には日本経済新聞が約3億3,000万円の申告漏れを指摘された。

また、税務調査による報復は、新聞やテレビだけではなく、週刊誌にも向けられてきた。

「財務省のスキャンダルをやった週刊誌の版元の出版社もことごとく税務調査で嫌がらせを受けてますね。

それどころか、フリーのジャーナリストのなかにも、財務官僚のスキャンダルを手がけた後に、税務調査を受けたという人が結構います。年収1千万円にも満たないようなフリーに税務調査が入るなんてことは普通ありえないですから、これは明らかに嫌がらせでしょう」(週刊誌関係者)

税務調査を恐れているのは大手出版社も同じだ。

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大手出版社の編集担当者が漏らした“裏事情”

『ザイム真理教』の出版を拒絶した大手出版社の編集担当者に、私は機会があるごとに、なぜダメだったのかを聞き続けた。そのなかの一人がとても正直に事情を説明してくれた。

「担当としてはやりたかったのだが、経営トップの判断で却下された。今の出版不況のなかで、税務調査に入られたら、会社の経営そのものが立ち行かなくなる。会社を守るためには断念せざるをえなかった」

日本の税制では、何を経費として認定するかが、国税調査官の裁量に任されている部分が大きい。だから、真面目に申告をしていても、追徴をすることは容易なのだ。

税務調査の刃は、メディアに登場する有識者にも向けられる。知人の大学教授は、税務調査を受けて数千万円の追徴金を取られた。不当な追徴だと抵抗したら、「だったら重加算税を課しますよ」と、個人では絶対に支払えない追徴額を口にしたという。

個人からそんな追徴をできるはずがないと思われるかもしれない。

しかし、仕掛けは簡単だ。大学教授が講演などを頼まれて出張をしたとする。もちろんそのときの旅費や宿泊費・飲食代は全額経費として申告する。ところが、その業務に1%でも私的な部分があったとすると国税は全額を否認できるのだ。

私はほかの人とちょっと違っていて、講演で地方に行っても、仕事が終わったら、どこにも寄らずにすぐに駅や空港に向かう。ついでに観光をすることはほとんどない。

だが、私は路面電車が好きなので、路面電車が走っている街では、必ずスマホで電車の写真を撮っている。だから、私的な部分が1%もないのかと言われたら否定できない。それは事務所の家賃や電話代も一緒だ。事務所から私的な電話を一度もかけたことのない人はほとんどいないだろう。

そうした事実が発覚したら、電話代も全否認だ。そうした手段があちこちに存在するため、個人事業者の場合は生活を破綻させるほど、会社の場合は会社を倒産させるほどの追徴金を取ることができる権力を国税は持っている。

それだけではない。税務調査だといって連日事務所に居座られると、業務そのものが立ちいかなくなってしまうのだ。

もちろん財務省を批判したら、全員が税務調査を受けるわけではない。だが、見せしめを作ることで、全員が萎縮し、忖度するようになってしまう。

だから、“賢い”メディアや有識者は絶対に財務省を批判しない。少なくとも核心的なところは突かない。

それどころか、「少子高齢化が進むなかで、日本経済を守ろうと思ったら、つらいけれども消費税の段階的引き上げに耐えていかないといけない」などという白々しいウソをつき続けるのだ。それが税務調査から身を守り、メディアに出続けるための必要条件だからだ。
 

森永 卓郎

経済アナリスト

獨協大学経済学部 教授