宮城県仙台市にあるレズビアンバー『楽園』。優雅に舞うキャストのなかに、その女性はいる。かなめさん、29歳だ。看護師から転職したという異色の経歴もさることながら、身体を覆う白い描線も目を引く。ホワイトタトゥーと呼ばれる刺青なのだという。安定した医療職を離れ、レズビアンバーで踊り続ける彼女の半生に迫る。
◆芸能の世界に憧れつつも「20歳で看護師資格を取得」
かなめさんがレズビアンバーの門を叩いたのは看護師時代。きっかけはアニメに関連するイベントだったという。
「クラブでアニソンを流すイベントがあって、そのダンサーたちの姿に惹かれました。というのは、私自身、幼い頃に子役として活動していた時期があるんです。舞台、テレビドラマ、CMなど、どれも端役でしかなかったけど、芸事に対する興味関心はずっと持ち続けていました。目の前で踊る『楽園』のダンサーたちがそういう自分の憧れる姿そのもので、素直にかっこいいなと感じました」
芸能の世界に憧れつつも、選んだのは看護師の道。それも、5年一貫の高校へ入学して、20歳で看護師資格を取得している。
「なるべく早期に手に職をつけたいという思いはありました。また、それが両親の願いでもあったと思います。両親には芸能の世界に憧れている旨を伝えたこともありましたが、簡単に成功できる世界ではないし、まして宮城県という遠方からでは交通費などもかかるため、資格を取得してから考えなさいと言われました」
◆兄と姉が「結構自由な感じ」ゆえに…
親の至極真っ当なアドバイスに対して、きちんと応える子ども――そんな印象を受ける。だが、その内実はもう少し複雑なようだ。
「年の離れた兄と姉が結構自由な感じの人たちで、両親の希望する進路を歩まなかったことも、多少私の進路と関係するかもしれません。昔から、期待が幼い私に一気にのしかかってきているのは薄っすら感じていました。もちろん、看護師という資格を手にできたし、高卒後に大学に通って養護教諭の資格も取得したので、感謝はしているのですが」
◆「タトゥーだけはやめてね」と釘を刺されていた
看護師からレズビアンバーへの転職は、大げさに言えばそうした両親への反旗でもある。
「実は未だに、レズビアンバーで働いていることは言っていないんです。両親は私のことをバー店員だと思っているはずです。そればかりか、少ししたら看護師へ復職すると思っている節もあります。今のところその予定はないのですが(笑)。両親はどちらかといえば考え方が固いと思います。高校生のころ、ピアスを開けたときも一悶着ありました。成人してから舌にピアスを開けたときも、『タトゥーだけはやめてね』と釘を刺されています。ただ、既に胸に大きめの女王蜂の刺青が入っていました(笑)」
思う通りの姿で生きたい。さりとて社会的なつながりを考えれば、振り切ることもできない。ホワイトタトゥーはかなめさんにとってそんなバランスを保つための手段でもあったのかもしれない。
「どこでホワイトタトゥーを知ったのか、今では思い出せないのですが、昔から刺青に興味はありました。特に洋画が好きだったので、タトゥーをした女性が登場する映画などは好きでしたね。社会で生きていくうえで枷になることはわかっていたので、目立ちにくいホワイトタトゥーを入れたというのもあります。最初のホワイトタトゥーを入れた当時は、まだ看護師でした。Vネックのスクラブを着て仕事をしていたので、よく目を凝らせば女王蜂の頭が見えるんですが、同僚には気づかれませんでしたね(笑)。数名、患者さんで気づく人もいましたが、患者さんのなかにはご自身も刺青がある方もいらっしゃって、あまり顔をしかめられた経験はないですね」
◆「仲が悪い」と思っていた両親だが…
かなめさんの家族観はやや不思議だ。
「物心ついたときから、両親が穏やかに会話しているシーンって思いつかないんですよね。何回か怒鳴り合いをしていたのは思い出せるのですが。2人の間に会話という会話はなくて。両親に面倒を見てもらって育ったというよりは、姉や兄に世話になって大きくなった感じです。だから、上のきょうだいが独立して、私が大学で他県へ行ったタイミングで、離婚するものと思っていたんです。
ところが両親は今も同じ場所でともに暮らしている。母がご飯を作ったら、2階にいる父にワンギリして知らせるんだそうです(笑)。そういえば帰省しても、私に『お父さんにご飯できたよって伝えてきて』とか言われて。伝書鳩ですよ(笑) 私はずっと両親が仲が悪いと思っていましたが、もう少し深い、2人にしかわからないような感情があるんでしょうね」
◆男性と交際していたときに、強い違和感が
かなめさんが自らのセクシャリティについて認識したのは学生時代だったという。
「小さいときから、男の子と女の子のどちらも好きになれる感覚はありました。ただ、大学時代に男性と交際していたときに、強い違和感があったんです。そのころから、『自分は女性が好きなんだ』と気づいたんです」
そこからレズビアンバー『楽園』に惹かれていくのも、自然の流れだった。
「幼い頃から芸能の世界に憧れていたこともあり、その夢に向かって今も踊り続けている女性たちが綺羅びやかに思えましたし、客として足を運んだ自分に声をかけてくれたオーナーのヒノヒロコさんにはとても感謝しています。看護師の仕事もやりがいはありましたが、今は、目の前のお客さんにどんな楽しい時間を提供できるかを考えるのがとても嬉しいんです」
◆自分の身体に“楽園”を作っている
かなめさんには今後、描く夢がある。
「これまではいろいろな社会的制約を予測して躊躇したり、自分の感情に必ずしも正直には生きられなかったことも多々ありました。もちろんそれで得たものもたくさんあります。ただ、やはり私は老いてもずっと踊りたい。
今、自分の身体に“楽園”を作っているんです。もとからあった女王蜂の刺青の近くに、ユリの花を彫り、胸から鎖骨にかけては天使の羽根を彫りました。もとは目立たないようにと彫った刺青だったけど、お酒を飲むと肌が赤くなる体質と相まって、少し淫靡な感じに浮き出るのが、ここ最近のちょっとした自慢です」
自分の欲求に正直に生きるには、社会の視線が気になる。その隠れ蓑として選んだ、ホワイトタトゥー。だがかなめさんに、隠れる理由などもうない。切磋琢磨しながらともに踊るキャスト、酔いしれてくれるゲストという尊い存在を手に入れたから。かなめさんが身体に刻んだ“楽園”。それはすでに、彼女の目の前に広がっている。
<取材・文/黒島暁生>
【黒島暁生】
ライター、エッセイスト。可視化されにくいマイノリティに寄り添い、活字化することをライフワークとする。『潮』『サンデー毎日』『週刊金曜日』などでも執筆中。Twitter:@kuroshimaaki