今年7月30日、興味深い書籍が上梓された。『フランスの男と女は、歳をとるほど恋をする』(有隣堂)だ。
フランス映画で描かれる恋愛を「目撃」し続けた著者が、フランスの男女の人生観を見出し、論考としても読み物としても楽しめる1冊だ。
著者の髙野てるみ氏は、映画プロデューサーで、シネマ・エッセイスト、洋画の配給・製作会社の株式会社巴里映画、加えて雑誌・広告などの企画・制作会社、株式会社ティー・ピー・オーの代表取締でもある。
その手腕を学びたい若い女性たちが絶えず入門してくる。女子大などにも招聘され、講演なども行う髙野氏に、女性が自分らしく生きるためのヒントを聞いた。
◆フランス映画=恋愛映画といっても言い過ぎではない
――本日は、フランス映画に関する造詣が深く、また多くの若い女性からの支持を得ている髙野さんに、映画に散りばめられた“女性が現代を生きるうえで必要なこと”を伺えればと思っています。
髙野てるみ(以下、髙野):いえ、そんな大所高所から物を言うような立場でもないので、よしてください(笑)。ただ確かに、フランス映画は、「人生をどう生きるか」という命題に対するヒントのようなものを感じさせます。フランスという国に興味を持った人は、フランス映画をまず観てもらうと良いのではないかというくらい、映画には彼ら、彼女たちの人生のすべてが詰まっていると思います。
そのうえフランス映画は、恋や愛という、人間の根幹にあるものを扱う作品がほとんどといってもいい。フランス映画=恋愛映画といっても言い過ぎではないほどです。しかもその恋愛模様は、ハリウッド映画に描かれるサクセスストーリーとは違い、それぞれの人物の人生が匂い立つような、そんな作品が多いです。また、作り手の人生観が投影される点も特徴的で、フィクションであっても、リアリティのあるものなんです。
◆「若い女性」に対して思うことは…
――髙野さんのところには映画を仕事にしたいと志願する若い女性が集まりますが、彼女たちに感じることはどんなことでしょう?
髙野:私が世話焼きだからでしょうか。彼女たちは大学生や、就活中の女性が多いですが、憧れが先立っていて、実際の現場に身を置くと戸惑いがちです。どこまで経験したいのか、またそれを自分の糧にしていけるかは自分次第なわけで、そこが映画の仕事に限らず、仕事を持続できるかどうかの分かれ目です。
仕事をするということがどんな意味があるのかを知ることは、そう短時間で手に入ることではない。自分がしたい仕事が何なのかがわかってくれば、先に進めると思いますし、そういう人物は生き生きとしてきますね。
◆恋をする自由を放棄してはもったいない
――話は変わりますが、今回のご著書は、令和の恋愛観に風穴をあけるという裏テーマがあると伺いました。日本人の男女と比べて、フランスの男女はどう違いますか?
髙野:そうですね。たとえばマッチングアプリで出会っているカップルもいるようで、結構それを自然に受け入れていますよね。もちろん、幸せに家庭を築いている方々も多いようです。ただ、お見合いの時代に先祖返りしているような印象もあります。
フランスのようにとはいかなくても、恋をする自由を放棄してはもったいない。失敗もあるでしょうけれど。マッチングアプリを知らない世代の我々はそうしてきましたからね(笑)。
◆データをもとにして恋愛が進んでいくのは…
――最初からテクノロジーに仕分けされた情報で選び取るのは少し味気ない、ということでしょうか?
髙野:フランス映画に描かれる恋愛は、楽しいことばかりではなくて、むしろ悲劇的なことも多くて、ある場面では命がけだったりするわけです。映画はそこに皮肉や美意識を挟み込んで芸術に昇華させていくわけですが。そこから学べることは、恋愛は、自分以外の他者を知る、いいチャンスでもある。そして、それによって自分が何者であるかを知ることも出来る。そうしてお互いに年を重ねていくのが理想なんでしょうね。
難しいことではありますが、あまり頭で考えずに飛び込んでいく度胸も必要なのかなと思わせられます。そういうプロセスなしに、データをもとにして恋愛が進んでいくというのが、ちょっとSF的でもある一方、失敗をしないようにという、いわば、「愛の出し惜しみ」が感じられたりして。
拙著の冒頭に登場する『5時から7時までのクレオ』では、恋愛映画の先駆者であるアニエス・ヴァルダ監督が、まさにそういうことを描いている作品です。「国のために戦うくらいなら恋のために死にたい」と言える男がフランスには存在することもわかり、さすが恋愛大国だなと感じてしまうのです(笑)。
◆日本は「バツ」だがフランスでは…
――愛を出し惜しむ理由はなんでしょうね。恋愛においても他の局面においても、「失敗したくない」という思いがそうさせるのでしょうか?
髙野:実際のところどうなのか、明確にはわかりません。ただ、そうした臆病さはあるかもしれません。逆にネットを介して見知らぬ相手と会おうというのは、臆病どころか大胆だなとも思いますが(笑)。また、拙著では、シャルロット・ゲンズブールが主演している『午前4時にパリの夜は明ける』という作品も登場させました。
本作を一言でいうと、離婚することを巡る物語です。愛していたはずの人との別れは日本では「バツ」がついたりする。しかし、フランスにおいては、それを新たな自立のチャンスと前向きに捉える。「失敗」とはみなされない。
思い悩みながらもターニングポイントを得て、次の人生を輝かせようと力強く生き抜こうとあえぎ、映画の大団円では重大な決意をする主人公の笑顔、これを皆さんに観てほしいなと思いますね。
◆日本ならではの価値観については
――失敗を恐れるという観点でいうと、日本においては、いまだに「良い大学へ行き良い企業へ入る」というパッケージ化されたものが信じられていて、特にその傾向は男女で差がないようにも感じます。
髙野:これは実際どうなんでしょう。社会では未だ、「偏差値の高い大学に入り卒業すると良い企業へ行ける」というような価値観が長く続いている。実際のところ、上位大学に合格する女性も少なくないですね。
しかし、希望していた最有力企業に入っても、数週間で辞めてしまうことも、過去を上回っていると聞きます。しかもその退職の意思を代行業に委ねて通達するというのですから、もったいないです。
私の甥の子どもたちは海外に住んでいますが、誰もが絶対に大学へ行くというレールが敷かれているわけではないといいます。大学に行く目的がはっきりしていないと行く意味がないということなのでしょう。
社会・経済の環境が違いますが、日本でもそういう価値観が広まれば、解放される想いも生まれるのではないでしょうか。
◆学業以外の「学び」が必要な理由
――髙野さんからご覧になって、恋愛以外でのそうした「もったいなさ」は多々感じますか?
髙野:やはり、学校でも家庭でも、少しでも高い成績をとって進学しないと子どもらの未来がない、幸せが来ないと考える傾向が強まっているように感じます。もちろん学業はたいへん重要ですが、外部とつながって学内の価値観とは別のものを学ぶこと、課外授業を学ぶ余裕とか、学外では何が起きているのかとか、社会に出てから戸惑わないような、刺激を与えておくことも大事な「学び」ではないかと。
それこそ、フランスの恋愛映画なんかちょうどいいと思います。免疫がないと、就職しても辛いことばかりに思えてくるでしょうし。私は子ども時代から大人に連れられて、かなり濃厚な恋愛映画を観ていました(笑)。
――画一的な価値観が強固になりつつある一方で、近年では主にSNSを中心として、個性や「自分らしさ」を前面に出した投稿が称賛される傾向もありますよね。稀に個性をはき違えた投稿などが炎上することもありますが。
髙野:そのあたりは難しいですよね。ただ、自分らしさを見出すために人生があるのですから、またもちろん、変わっていることも、自分らしさの一部の場合もあるでしょう。個性でもあります。私なども、変わっていると言われるのは、誉め言葉だと思って喜んでいるくらいですが(笑)。
フランスでは自分らしさがない、個性がないという存在は認められないくらいですから。そういう男女を主人公としているのが、フランス映画ですから、やっぱりたくさん観ていただいた方がいいですね(笑)。
◆すべての女性が胸ときめく人生を歩んでほしい
――最後に、「フランス映画のこんなところが生きるうえで血肉になるのでは」という部分があれば、お願いします。
髙野:今回、書籍の形にまとめてみて改めて思ったのは、生きる勇気がほしいときに自分を元気にしてくれるものこそ、フランス映画だなということ。そして書名にもしたように、歳をとるほど、人生ある限り、恋をする自由もあるんです。長寿大国を誇る我が国こそ、様々な愛があれば長い人生も豊かになるでしょう。
生きていれば、たびたび様々なことに心を痛ませ、落ち込み、塞ぎがちになることもあるでしょう。でも、また生きてさえいれば誰かと巡り会える、愛を分かち合える。大切な人生を誰かと分かち合うことが大切だと、フランス映画に描かれる人生から学べます。
すべての女性がそんな胸ときめく人生を歩んでほしいなと私は願います。
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髙野氏の言葉は、小気味よいテンポでしっとりと鼓膜に落ちる。
視線をまっすぐに保ち、柔和な笑みを浮かべながら、物事の核心をこちらに向かって取り出すように見せてくれる。そこにいささかの説教臭さも自慢も滲まない。若い女性たちが髙野氏に惹かれる理由は、これかもしれない。
「あなたの人生を楽しんで」。そのエールが無責任で宙に浮いた戯言にならないのは、髙野氏が他の誰よりも自分自身の人生と自由を楽しんでいるからだろう。フランス映画のフィルムから飛び出してきたような優雅さとチャーミングさに、ひたすら脱帽する。
<取材・文/黒島暁生>
【黒島暁生】
ライター、エッセイスト。可視化されにくいマイノリティに寄り添い、活字化することをライフワークとする。『潮』『サンデー毎日』『週刊金曜日』などでも執筆中。Twitter:@kuroshimaaki