マイナ保険証へ「一本化」は“医療の質の低下”と“税金の無駄遣い”を招く?  専門家が警鐘…“現場”で続発する「不都合な事態」とは

12月に予定されている「マイナ保険証への一本化」について、その問題点を考えるシンポジウムが8月31日、東京、神奈川、大阪の会場とオンラインで開催された(主催:地方自治と地域医療を守る会、共催:東海大学政治学研究科、専修大学法学研究所、神奈川大学法学研究所、日本比較法研究所(中央大学))。

マイナ保険証については、国民に対し正確かつ十分な情報が伝えられているとはいえない。また、賛否いずれの立場からも、誤解に基づく情報発信や投稿がなされ、未だ情報が錯綜している。

本シンポジウムでは、「コンピューターサイエンス研究者」「医師」「地方公共団体の首長」「弁護士」といった分野の専門家が参加し、それぞれの観点から、マイナ保険証への一本化に関する問題点が指摘され、議論された。

今回は、本シンポジウムで指摘された「実務上の問題」について取り上げる(前編/全2回)

“マイナ保険証”の基本的なしくみ

まず、前提として、マイナ保険証、すなわち、マイナンバーカードを健康保険証として使う場合の基本的なしくみをおさらいしておこう。

わが国の公的医療保険制度では、健康保険証の役割は、被保険者本人であることを認証し、保険者(健康保険組合等)を特定する「資格確認」である。

現行の健康保険証の場合、医療保険の窓口で、初診のときと、再診で月初めの受診のときに健康保険証を提示する。

これに対し、マイナ保険証の場合、初診のときも再診のときも毎回、受診時に「顔認証付きカードリーダー」で以下の手順を踏むことになる。

まず、マイナンバーカードを「顔認証付きカードリーダー」にかざす。

「本人認証」は顔認証または4ケタの暗証番号の入力によって行う。このとき、マイナンバーカード裏面のICチップ部分に保存された「電子証明書」が「鍵」の役割をする。

次に、「資格確認」の前に「医療情報の提供」に関する同意の確認・選択を行う。すると「オンライン資格確認等システム」にアクセスされ、資格確認が行われる(【図表1】参照)。


【図表1】マイナ保険証(マイナカードによる資格確認等)のしくみ(厚生労働省「マイナ保険証利用促進のための取り組み・支援策について」より)

マイナンバーカードを健康保険証として使える状態にするには、電子証明書の機能がついたマイナンバーカードを取得したうえで、健康保険証として使う旨の手続きをしなければならない。また、マイナンバーカードの取得は法律上、強制ではなく「任意」である。

しかし、政府は12月2日以降、現行の健康保険証の新規発行を停止し、マイナ保険証への「一本化」を予定している。

マイナンバーカードを取得していない人には「健康保険証」が発行されないことになる。ただし、2025年12月2日までは現行の健康保険証を使える。また、マイナンバーカードを保有していない人には「資格確認証」を「当面の間」発行するとしている。

市区町村の事務負担が過大に

上記を前提として、まず、マイナ保険証への一本化に際しては、市区町村の事務負担が過大になることが指摘された。

まず、マイナ保険証への一本化に際しては、住民は以下の3通りに分けられる。

①マイナンバーカードを保有し、健康保険証を紐づけている住民
②マイナンバーカードを保有しているが、健康保険証を紐づけていない住民
③マイナンバーカードを保有していない住民

このうち、①マイナンバーカードを保有し、健康保険証を紐づけている住民に対しては、自身が加入する健康保険に関する情報が記載された「資格情報のお知らせ」が送られる。

これに対し、②マイナンバーカードに健康保険証を紐づけていない住民、③マイナンバーカードを保有していない住民には「資格確認証」が郵送される。

しかし、市区町村がこれを行うには、まず、住民一人ひとりについて、①に該当するのか、②③に該当するのかの選別作業を行わざるを得ない。

また、①の住民についても、マイナ保険証の有効期間や電子証明書の失効期間を把握しなければならない。

これらの事務負担が大きな負担になるとの指摘がなされた。

元総務官僚でもある長野県飯山市の江沢岸生(きしお)市長は憂慮を示す。


長野県飯山市 江沢岸生市長(都内会場/弁護士JP編集部)

江沢市長(長野県飯山市):「現場では、12月からの資格認定証の発行に向けて、システム改修を行っている。

次々と内容が変わり、国から大量の情報が来るので、職員はその対応にも多くの時間と労力を費やしており、疲弊している」

また、東京都世田谷区の保坂展人(のぶと)区長は、マイナ保険証のしくみだと、転職・退職等に伴う健康保険の「切り替え」の際に、被保険者に不利益が生じることを指摘した。


東京都世田谷区 保坂展人区長(都内会場/弁護士JP編集部)

たとえば以下のような場合、新しい資格情報が『オンライン資格確認等システム』に反映されるまでには必ずタイムラグが生じる。

・転職に伴い従前の社保から新しい社保に切り替わる場合
・脱サラにより社保から国保に切り替わる場合
・転居により市町村国保が切り替わる場合

切り替えの手続きが終了していない段階では、マイナ保険証では受診できないことになる。なお、このことは国が発行した資料にも記載されている。

保坂区長(東京都世田谷区):「登録データが関係機関に連携されるまで一定の時間を要するため、情報はリアルタイムで更新されない。

特に、社保と国保の間の変更の場合、データの連携が滞ることが起こりうる。

医療機関等の窓口でマイナ保険証が読み取れない場合、『被保険者資格申立書』を記入して提出すれば保険適用時と同じように受診できる。

しかし、患者側と医療機関等の側の両方に負荷がかかる」

補足すると、「被保険者資格申立書」は、マイナ保険証でオンライン資格確認を行えなかった場合に記入する書類である。患者の側では資格情報を「資格情報のお知らせ」の紙で確認し、記入しなければならない。

いうまでもないが、現行の健康保険証ではこのような問題は起きない。健康保険の切り替えがあったときは、新たに発行された健康保険証を窓口に提示すれば済む。

しかも、「被保険者資格申立書」は自己申告なので、「一本化」を推進する立場から強調される「なりすまし受診」のリスクを排除できない。

市区町村の労務負担が「税金の無駄遣い」に?

世田谷区 保坂区長はさらに、政府内で現行のマイナンバーカードが2026年度をめどに廃止され、次のカードに移行される予定があることへの憂慮を示した。

デジタル庁は現行のマイナンバーカードに代わる「次期個人番号カード」を2026年度をめどに導入することを検討している。デジタル庁が公表した「タスクフォース最終とりまとめ」では、カードの体裁や名称変更も記載されている。

保坂区長(東京都世田谷区):「国は、現行の健康保険証が新規発行停止となる今年の12月2日から、マイナンバーカードを速やかに発行する体制を整えるよう要求しているが、これには膨大な事務負担が発生する。

また、マイナンバーカードの電子証明書の5年の有効期限が切れればマイナ保険証は利用できなくなるが、その点に対する周知が進んでおらず、問い合わせ等の増加が考えられる。

それに加え、2年後に、現行のマイナンバーカードを新しいカードに全部取り替えるという大変な計画が、市区町村に何の相談もなく進んでいる。

世田谷区で約7割の住民にマイナンバーカードを発行するのも大変な事務量だった。それを新しいカードに取り替えていくのには時間がかかる。必然的に新旧2つのカードが併存することになる。混乱がさらに拡大するのではないか」

実際に「タスクフォース最終とりまとめ」を読むと、現行のマイナンバーカードの電子証明書の更新について、「市町村窓口や郵便局での更新体制の整備を推進」「その他市町村の窓口負担の軽減方策について更に検討」と記載するにとどまっている。保坂区長が憂慮するような、自治体の負担が過大になる事態へのフォローについては特に言及されていない。

マイナ保険証への一本化も、次期個人番号カードへの移行も、市区町村に大きな負担をかけることは間違いない。

当然、そこには国民が支払った税金が投入されることになる。市区町村の無駄な手間を増やす事態は避けなければならないだろう。

診療段階で「患者にも医療機関にも有害でメリットなし」

診療段階においても、実際の医療現場で起きている混乱や、今後想定されるトラブルが指摘された。

埼玉県保険医協会理事長の山崎利彦医師は、医療の現場でマイナ保険証が使われていない理由として主に以下の3点を挙げた。

・操作の手順が多くめんどう
・受診ごとに毎回、医療情報の提供への同意について確認を求められる
・トラブルが多い

このうち、操作の手順が多いこと、資格確認と医療情報の提供への同意確認を毎回求められることについては既に述べた。

「トラブル」について確認してみよう。全国保険医団体連合会(保団連)が1月に発表した「2023年10月1日以降のマイナ保険証トラブル調査」によると、アンケートに回答した8672の医療機関のうち、マイナ保険証に関するトラブルがあったと回答したのは59.8%にあたる5188院だった。そのトラブルの内訳は、【図表2】のとおりである。


【図表2】トラブルの内訳(保団連「2023年10月1日以降のマイナ保険証トラブル調査」より)

氏名や住所に「●」が表示されるトラブルのほか、車椅子で医療機関に来院した高齢者が、顔認証つきカードリーダーでの認証やパスワードの入力に困難をきたす事例も確認されている。

また、トラブルを受けてどのように対応したかについては、83%が「その日に持ち合わせていた健康保険証で資格確認をした」と回答した。

山崎医師:「恐ろしいことに、1年以上前からずっと、このマイナ保険証に関するトラブルの発生状況のデータが改善されていない。

我々医療機関にとっては、こういうトラブル続きの上に、2度手間、3度手間になるようなマイナ保険証を使うメリットは少ない。

国は、『デジタル化』『医療DX』の推進による医療情報の共有をうたっている。

しかし、すでに他の医療機関との間で医療情報をやりとりする方法として、すでに(患者の情報プライバシー権・自己情報コントロール権に配慮した形での)『紹介状(診療情報提供書)』のしくみがある。

薬剤情報の共有についても、『おくすり手帳』のほうが最新の情報を得られ便利だ(詳細は後述)」

保坂区長は、マイナ保険証のトラブルが解消されない現状について、企業が不良製品を市場で販売し流通させた場合の「リコール」の制度になぞらえて評した。

保坂区長(東京都世田谷区):「もし、一般企業で製品として出したらリコールしなければならないものだ。

不具合を徹底的に点検し、混乱のない状態にするのが常識だが、その常識が働いていない」

薬剤情報は「1か月以上先」にならないと確認できない

山崎医師は、薬剤情報の反映に関して「タイムラグ」が発生せざるを得ず、それによって被保険者に不利益が生じることを指摘した。

マイナ保険証で確認できる薬剤情報はレセプト(診療報酬明細書)に基づいている。しかし、レセプトは医療機関から月ごとに提出される。ここにタイムラグが生じる。


山崎利彦医師(埼玉県保険医協会理事長)(都内会場/弁護士JP編集部)

山崎医師:「薬剤情報を確認できるようになるのは、レセプトに反映されてからなので、1か月以上先になる。

最も重要な直近の薬剤情報が得られないおそれがある。『おくすり手帳』によって確認するほうが確実ということになる」

世田谷区の保坂区長は、この点をさして、マイナ保険証への一本化の主目的が、国民の生命・健康を守ることよりも、マイナンバーカードを普及させることにあると推察されるとする。

保坂区長(東京都世田谷区):「国はマイナンバーカードを国民全員に持たせたいが、マイナポイント等の特典を設けてもなかなか普及が進まないので、マイナ保険証に一本化して、マイナンバーカードを使わざるを得ないように仕向けていると感じられる。

国民の生命・健康を守ることに根差した国民皆保険制度をしっかり守っていくという観点が非常に薄い制度設計で混乱を招いていると感じている」

老人福祉施設等での実態を踏まえていない

保坂区長は、マイナ保険証のしくみが、高齢者施設での実務の実態をまったく踏まえていないとも指摘する。

保坂区長(東京都世田谷区):「ほとんどの高齢者施設では実務上、入居者が病気やケガで医療機関に受診する際に資格確認等がスムーズにできるように、健康保険証をまとめて預かっている。

もし、マイナ保険証に一本化されたら、入所者が医療機関等を受診する際に、カードリーダーでの顔認証ができないケースや、認知症等によって暗証番号の入力が困難なケースが多発する。

また、マイナンバーカードを施設が預かるわけにもいかない。盗まれたり紛失したりすれば、財産などを狙われたり、プライバシーを除かれたりするリスクがあるので、施設と職員にかかる管理体制等の負担が大きすぎる。

そのような現場の声を受け、電子証明書機能のない顔認証マイナンバーカードが導入された。しかし、マイナンバーカードを持たない人等のための『資格確認証』と変わらないので、作成された例が少なく、制度として成果につながっていない」

在宅医療を受けている人についても同様の問題がある。しかも、高齢者施設に暮らす人や在宅医療を受けている人の多くは、そもそもマイナ保険証の前提となるマイナンバーカードの申請ができない。

保坂区長(東京都世田谷区):「国は、市区町村に対し、高齢者施設や個人宅への出張申請を求めている。

しかし、人口が多い世田谷区では、数多くの対象者がいて、対応が困難だ」

最も医療サービスを必要とするのは高齢者であるにもかかわらず、マイナ保険証への一本化によるしわ寄せが大きくなるリスクが高いということである。

災害等の「非常時」に使い物にならない

国立情報学研究所の佐藤一郎教授は、コンピューターサイエンスの専門家の立場から、マイナンバーカードは非常時に使うことを想定して設計されておらず、災害等が発生した場合に健康保険証として使うことはそもそも無理があると指摘した。


佐藤一郎教授(国立情報学研究所)(都内会場/弁護士JP編集部)

佐藤教授(国立情報学研究所):「カードリーダーがあったとしても、サーバーに接続できない環境では使えない。

一番まずいと思うのは災害時だ。まず、災害時に電力が切れると、カードリーダーは動かせない。

カードの読み取りだけならスマートフォンでなんとかなるかもしれない。しかし、サーバーに接続できないと、保険者や保険番号がわからない。結局、通信が切断された状況では、マイナンバーカードは全く無力なプラスチック片になってしまう。

日本は、地震や台風といった自然災害が非常に多い。特に地震の場合には、停電だけではなく通信インフラの切断が起きる。

1月の能登半島地震でも通信インフラが切断され、マイナ保険証が医療機関で使えないという事態が多発した。今後、自然災害が起きた時には、同様の問題が起きることになる。

交通系ICカードの場合は残高の情報がサーバーとカードの両方に記録されていて、通信が切断されてもカード側の情報を使って電車に乗れるようになっている。しかし、マイナンバーカードは全てサーバーに接続しないといけない形になっているので、緊急時に非常に弱い。

我々のような技術屋からすると、マイナンバーカードは平常時に使う目的しか考えずに設計されたことが透けて見える」

被災者支援でデジタル庁が活用したのは「Suica」だった

では、能登半島地震の被災者支援において、マイナンバーカードはどの程度の役割を果たしたのか。

能登半島地震発生直後の1月4日、河野太郎デジタル担当相は、X(旧Twitter)で被災者にマイナンバーカードの活用を呼び掛けた。

また、河野大臣は、1月23日の記者会見でも、以下のように、マイナンバーカードを持ち歩くことを推奨する発言を行っている。

「マイナンバーカードはデジタル社会のパスポートとして、平時の便利だけでなく、有事の安心にもつながるものですので、マイナンバーカードをお持ちの方、タンスに入れておくのではなくて、現時点では是非、財布に入れて、避難する際に一緒に避難していただければと思っております」

しかし、実際には被災地では通信インフラも電力もなかなか復旧せず、マイナンバーカードを利用できる状態にはなかった。結局、1月下旬になってデジタル庁が「Suica」を被災者に配布することを決定し、活用されたことは、すでに報道されている通りである。

国民の利益につながっていない「医療DX推進」

以上のほかに、マイナ保険証への対応が困難であることを理由に廃業を予定している医療機関があること等が指摘された。

また、救急医療の現場で、救急隊員がマイナ保険証を活用して医療情報を知ることによる「救急業務の迅速化・円滑化」の取り組みについても、現場での対応の実情や実験結果を示したうえで、非現実的だとの指摘がなされた。

本記事で、シンポジウムで指摘されたすべての問題を取り上げることはできない。また、参加した専門家のなかにさえ、シンポジウムに参加して初めて知った問題点があると述べた人もいた。

なぜ、ここまで現場の実情を踏まえていない問題が指摘されるにもかかわらず、「マイナ保険証への一本化」が強力に進められているのか。

山崎医師は、そもそも政府が提唱する「医療DX」が国民の利益を主眼に置いたものではないと指摘する。

山崎医師:「そもそもDX(デジタルトランスフォーメーション)という概念は、 2004年にスウェーデンのウメオ大学のストルターマン教授が提唱したもの。

ICT(情報通信技術)の浸透によって、人々の生活があらゆる面でより便利になっていくように変化させていくことをさす。

ところが、国がマイナ保険証等によって推進しようとしている『医療DX』は、国民皆保険制度を使って、医療機関を介在させ、すべての国民の情報をコントロールする方向へ持っていくもの。

本来のDXの世界標準からズレたスタンスのものになっている」

パネルディスカッションの司会をつとめた神奈川大学法学部教授の幸田雅治教授(弁護士)も指摘する。


幸田雅治教授(神奈川大学法学部)(都内会場/弁護士JP編集部)

幸田教授(神奈川大学):「台湾の情報担当相を務めたオードリー・タン氏は、デジタル化は国民へのエンパワーメント(力を与えること)だと言っている。

マイナ保険証への一本化は真逆の効果をもたらすものであり、本末転倒だと感じられる」

「デジタル化」と「利便性向上」は“別の問題”

デジタル化の推進と、医療サービスの向上等の国民の利便性向上とは、本来まったく別の問題であり、論理的に区別して考えなければならない。

論理的にはデジタル化が利便性を妨げることすらありうる。また、現実にもその事態が発生している。国立情報学研究所の佐藤教授が指摘するように、そもそもマイナンバーカードは健康保険証として利用することを想定して設計されたものではない。

発生している問題のほとんどが、現行の健康保険証を残すことで解消されることに留意する必要がある。

本記事で紹介したのはあくまでも、シンポジウムで取り上げられた実務上の問題の一部にとどまる。後半では、セキュリティリスクの増大の問題や、人権侵害・憲法違反などの法的問題について取り上げる。