8月29日に開幕したパリパラリンピックで、連日アスリートたちの熱戦が繰り広げられている。同大会に先んじて開催されたパリオリンピックでは、前回大会の東京オリンピックから正式種目となったスケートボードで、日本代表選手が金メダル2個、銀メダル2個を獲得。新種目で活躍する選手らに誇りを感じた人も多いだろう。
それと同時にSNSで盛り上がっていたのは、日本のスケートボード選手が強いのは「治安がいいからでは」という“仮説”。同競技はストリートスポーツだけに、子どもでも屋外で安心して練習に取り組める環境は、たしかに大きな強みとなりそうだ。
日本の強さと「治安の良さ」関係ある?
果たしてスケートボード日本代表選手の活躍には、治安の良さが関係しているのか。1982年に設立され、同競技の普及啓発活動やプロスケートボーダーの公認などを行う「一般社団法人日本スケートボード協会」事務局長の中澤弘純さんは、「治安の良さと国際大会での強さはあまり関係ないと思う」として、別の理由を指摘する。
「もっとも大きなポイントとしては、オリンピックの正式種目になるずっと前から、日本国内で“競技”としての仕組みが確立されていたことにあるのではないかと考えています。
もともとスケートボードはストリート発祥で“遊び”の側面が強かったスポーツですが、日本では当協会が競技団体として40年ほど前に誕生し、普及啓発活動を行ってきました。おそらく世界的に見ても、ここまで歴史のあるスケートボード団体はまれではないでしょうか。
そして1990年代に入ってからは、国内で定期的にコンテストが開催されています。1996年には全国各地で勝ち上がった選手が技を競い日本一を決める「アマチュアサーキット」、十数年前からは小学生バージョンの「FLAKECUP」などもあり、選手の育ちやすいピラミッド型の仕組みが昔から構築されていたというのが、強さの要因ではないかと思います」(中澤さん)
スケートパークの急増も後押しに
それに加えて、東京オリンピック以降、スケートパークの整備が全国的に進んでいる。
NPO法人「日本スケートパーク協会」の調査によれば、東京オリンピックが開催された2021年に全国で243か所だった公共スケートパークは、今年5月末時点で475か所と約2倍に増加。前出の中澤さんは、子どもたちが競技にアクセスしやすい環境も、強さを後押ししていると指摘する。
「スケートボードはケガと隣り合わせのスポーツなので、柔軟性があり、ケガをしても治癒が早い子どものほうが、難易度の高い技にチャレンジしやすい傾向にあります。大人の体格では転んだときの衝撃も大きいですし、下手をすれば1回のケガで選手生命が絶たれてしまうこともあるんです。
子どもならではの吸収力もあいまって、ここ数年のパーク急増で若い選手がどんどん育ってきています。これもまた、強い選手を輩出できている背景と言えるのではないでしょうか」
かつては「ガラの悪い若者の遊び」のイメージもあったが…
人気急上昇中のスケートボードだが、ひと昔前には「ガラの悪い若者が深夜の公園で滑っている」といったステレオタイプのイメージや、騒音問題の“やり玉”として語られる場面も少なくなかった。オリンピックでの日本代表選手の活躍や公共パークの増加によって、そのイメージは大きく変わりつつあるようにも思えるが、中澤さんは「注目されただけ、ネガティブな感情を抱く人も増えているのが実際では」と冷静だ。
「応援してくれる人が大半でも、昔のままのマイナスなイメージを持っている人も一定数いるはずです。今後はそういった方たちの理解も得ていかないと、スケートボードが “スポーツ”として定着していかないと思います」
ストリートスポーツである以上、地域との共存は極めて重要だ。法律上、交通が頻繁でなければ公道で滑ることは禁止されていないものの(※)、「交通が頻繁」とは具体的にどのくらいの通行量なのかといった明確な基準はなく、人によって判断が分かれるかもしれない。
※ 道路交通法第76条第4項第3号は「交通のひんぱんな道路において、球戯をし、ローラー・スケートをし、又はこれらに類する行為をすること」を禁止行為としている。
「ストリートという“遊び”の部分からきた自由さが今の若者にうけている側面もあるので、なんでもかんでもダメだと縛りつければいいというものでもないと思います。
ただし、無理に滑って通行人にケガさせるなどあってはならないことですし、法律も順守しなければなりません。たとえスケートボードが禁止されていない場所でも、一人一人が思いやりやマナーを大切にしなければ、地域にネガティブな感情を生んでしまうでしょう。
協会としても、全国のスケートボードショップなどを通して呼びかけや注意喚起をしています。オリンピックの正式種目となって急激に環境が変わったことで、追いついていない部分もあるかと思いますが、世の中の皆さんと一緒に、ひとつのカルチャーでありスポーツでもあるスケートボードを確立していけたらと願っています」(中澤さん)