質の高いモノ・サービスが、安価で手に入る日本。これはひとえに企業努力の賜物ですが、実はこの裏で苦しんでいる人たちがいるのです。ルポライター増田明利氏の著書『お金がありません 17人のリアル貧困生活』(彩図社)より、クリーニング店オーナー(58歳)への取材でみえた、日本の小規模店舗が直面している“シビアな現実”を紹介します。

夫婦経営のクリーニング店、売り上げ減少でパートも兼業の58歳

<登場人物>

山崎盛博(58歳)

出身地:静岡県浜松市/現住所:東京都北区/最終学歴:高校卒

職業:クリーニング店経営兼パートタイマー/収入:パート収入は11万円ほど

住居形態:店舗兼自宅は自己所有、ローンはなし

家族構成:妻、長男と長女は独立/支持政党:特になし(政治には期待していないから)

最近の大きな出費:扇風機(3,980円)

夕方4時半──。奥さんと店番を交代して向かうのは、自転車で約15分の場所にある大型ショッピングセンター。買い物のためでなく、ここに入っている100円ショップでパート仕事をするためだ。

「本業はクリーニング屋なんですよ。取次店ではなく自分のところで仕上げていますがもう7、8年ずっと下降線なんです。廃業するのは時間の問題ですね」

夫婦2人でやっている小商いだが2012年頃までは毎年850~900万円ぐらいの売上げを確保できていた。それがジワジワと少なくなっていった。

「まず子どもの数が減ってきましたね、少子化の影響です。どうして少子化でクリーニング屋の経営が苦しくなったと思います? 学生服のクリーニングが昔の半分ちょっとに減ってしまったんですよ」

衣替えで夏服になる6月、2学期が終わった12月末、年度替わりの3月。年3回クリーニングするのが一般的で、女子生徒の場合は夏用のスカートも出してくれていた。これが毎年減っていったのが痛かった。

「これ以外にもお客さんが減る要因がいくつもありました」

クリーニング店の売り上げが減っているワケ

店の近くには大手企業数社の社宅アパートが数多くあり、そこの住人もお得意さんだったが、社宅そのものが数棟なくなってまたお客さんが減った。

「スーツやコートのお洗濯がかなり減りましてね。また売上げダウンですよ」

事業所からの仕事も大きく減った。女性用の事務服や工場で働く人の作業服は、会社負担でのクリーニングではなく経費削減で各自で洗濯するようになった会社が十数社ある。

「女性用の事務服、制服を廃止した会社もいくつかありましたしね」

衣類の素材が様変わりしたことも大きい。

「形状記憶素材のワイシャツだとおろして20回前後はアイロン掛けしなくても大丈夫なんですよ。最近じゃ量販店がウォッシャブルスーツを売り出したし」

わざわざクリーニング代を払う必要がないのだから商売あがったりだ。

「大手さんがあちこちに取次店を展開してきたのが最大の要因だな。12年前だとうちの周りにはひとつもなかったけど今はポニーが2店とホワイト急便が進出してきた」

料金は大手が格段に安い。スーツの上下1,300円でやっているところに980円でぶつけられたら、悔しいが手も足も出ない。

「売上げとしては以前より30%以上も減っています。そのうえ業務用の洗剤、ドライ溶剤も何回か値上げがあって大変ですよ」

更に電気代、ボイラーを回す灯油代、品物用のカバー材なども値上がりしているので利益率は下がる一方だ。

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昔は希望を持てていた…労働力が安く買い叩かれる時代を実感

「こんな塩梅なので4年前から交代で働きに出ているわけです。店は10時開店だけど昼3時まではわたしだけで切り盛りしている。嫁さんはというと9時30分から昼1時30分までの4時間、JRの駅中のコンビニで販売、レジのパート仕事をしているんです」

店の方はお客さんが少ないので受け渡しのかたわら作業できるし、お昼ご飯も店番しながら済ませているということだ。

「妻が戻ってくるのが2時前後。遅めのお昼を済ませ、ひと休みして店頭に出てくるのが3時半近く。入れ替わりでわたしが出勤するというわけです」

100円ショップでの仕事はレジ、商品補充、閉店後の清掃など。勤務時間は夕方5時半から閉店後の9時半までの4時間。

出勤するのは月火水金土の週5日、時給は1,060円。退勤したあとは大通りの反対側にある食品スーパーで値引きシールが貼られた肉、魚、お惣菜などを見繕って買っていくのも役目だ。

「外で働いてみてよく分かったのは、今の時代は本当に安く使おうと思っているんだなということ。なにしろ正社員は2人しかいないんだ、あとは全員パートの人」

夕方の時間帯は来客数が多いのでパートタイマーは8人配置されている。他に早番と中番が6人ずつで合計20人。

「パートはこんなにいるのに、正社員は30代半ばの店長と3年目の若い人だけです。そのうえ店長は別の店舗の管理もやっている」

店長が外出していてもう1人の正社員も休憩時間となると、何かあったときに責任を持って対処できる人がいない。

「労働時間もかなり長いみたいですよ。店長はほぼ毎日3時間は残業しているし、休みも週1。冗談で残業代が凄い金額になるんでしょって言ったら、そんなわけありませんよと口を尖らせていた」

残業代は実労働の3分の1ぐらいしか申請できないらしく、随分とタダ働きさせられているらしい。だからなのか正社員の定着率は低いということだ。

「もう1人の若い人が言うには、新入社員は3年経つと半分以上がいなくなっているそうです。彼も辞めたいみたいなことを言っていた」

当節は何かと生きづらいと言われているが、自分の身近なところで実際に見聞きすると嫌だなあと思う。

「昔はみんなそれなりに張り合いがあって希望も持てていたと思います。わたしなら独立して一国一城の主を目指そうとか。結婚したら頭金を作ってマイホームを買おう、中古車から新車に乗り換えようとか。それが今はどうですかね。朝から夜遅くまで働かされて、ただ生活しているだけという人が多いと思います。しがないパートのおじさんが自分のことを棚に上げて偉そうに言うなって笑われるかな」