ソニー生命保険「シニアの生活意識調査2023」によると、全国のシニア(50歳~79歳)の楽しみは1位が「旅行」でした。定年まで頑張って働いた人ほど、リタイア後は悠々自適に暮らしたいと考えるもの。しかし、老後には“想定外”がつきものです。まじめな元・警察署長に起こった事例をもとに、老後生活の注意点をみていきましょう。株式会社よこはまライフプランニング代表取締役の五十嵐義典CFPが解説します。

いままで頑張ったから…まじめな元・警察署長の“油断”

現在68歳のAさんは、警察官として40年以上勤務し、ノンキャリながら警察署長も勤めた人物です。

人の役に立つ警察の仕事が大好きで、60歳の定年後も65歳まで継続勤務したAさん。これまで仕事一筋で生きてきたこともあり、家計や家事のことは専業主婦の妻Bさんに任せていました。

そのBさんを亡くしたのが3年前、ちょうど退職と重なるタイミングでした。当時65歳だったAさんは、1人で老後を迎えることになったのです。

退職を迎えたAさんは、念願の野球観戦へ

65歳から月23万円の年金を受給するAさんは、リタイア後に楽しみにしていたことがあります。それは、スタジアムでの野球観戦。在職中はなかなか現地へと足を運ぶことができなかったこともあり、退職後は存分に試合の観戦をしたいと考えていました。

Aさんはまず、バックネット裏席の年間チケット(シーズンシート)を購入。年間50万円以上もかかりましたが、「いままでずっと頑張ってきたんだし、これくらいの贅沢は許されるだろう。これで存分に試合が見られるな」と思いながら、スタジアムに通い詰めることになりました。

また、ユニフォームといった通常の観戦グッズはもちろん、記念グッズなどが出ればこれらも購入して楽しんでいたAさん。さらに、応援球団の地元スタジアムでの試合だけでなく、遠隔地にある対戦相手の本拠地での試合まで見に行くこともあり、“筋金入りのファン”として顔を知られるようになっていったのです。

そうして現地観戦を重ねるうちに観戦仲間もでき、頻繁に仲間同士の交流会を開いたり、ファンの集まる居酒屋に出入りしたりして、飲み歩く機会も増えていきました。

応援する球団は優勝争いもして絶好調で、ますます応援に熱が入ります。妻Bさんを亡くしたときは大きな喪失感がありましたが、野球のおかげで徐々に立ち直ることができ、毎日が充実していました。

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“ちゃんと観戦しなきゃ”…まじめなAさんを襲った悲劇

Aさんは、「せっかく買ったシーズンシートだし、ちゃんと観戦して元を取らないとなぁ」と、暑い日も寒い日も、スタジアムに通い詰める毎日を送っていました。そのため生活リズムも乱れ、体力的にも少々無理をするようになっていました。

別々に暮らす娘のCさんは、そんなAさんのことを懸念し、会うたびに「お金もかかるし、体力的にも大変だし、ほどほどにしてね」と釘を刺していました。

しかし、Aさんは「楽しみが他にないんだし、退職までずっとスタジアム観戦を我慢してきたんだからいいじゃないか。俺は警察で身体も鍛えてきたから大丈夫だ」といい、どんどんと野球に夢中になります。

そんな生活を3年近く続けていたある日、Aさんは脳梗塞で倒れてしまいました。これまでの無理もたたったようです。幸い命に別状はありませんでしたが、入院や通院等により、しばらくは野球観戦ができずにいました。

やがて少しずつ元気を取り戻し、体力が戻ってきたAさん。ファンの仲間たちからも「Aさんがいなきゃ寂しいよ」などと連絡があり、Aさんとしても「また試合を観に行きたいなぁ」と、観戦に復帰するつもりでいました。

そんな父親の様子を心配したCさんは、今後の家計について尋ねました。それまで家計のことを話す機会はありませんでしたが、Aさんは貯蓄などを確認し、Cさんに状況を伝えます。

すると、3年間でチケット代、グッズ代、旅費交通費、交流会費など野球のお金以外にも、病気になってからの入院・通院費など含めて大幅な支出が発生し、貯蓄は65歳のときよりも1,000万円ほど減っていたことが明らかになったのでした。

それを知ったCさんはAさん以上に驚愕します。

「医療費の発生は仕方ないけど、3年で1,000万円も減らすなんて……お父さん、こんな調子で今後ちゃんと生活していけるの!?」

父親の将来が心配になったCさんは、Aさんを連れてFPに相談に訪れたのでした。