元109カリスマ店員→週刊誌記者が教える“人から聞き出す力”。「岸田首相は聞くだけ」の問題点

人間関係が複雑化する現代社会において、コミュニケーション能力の重要度はより高まっている。退陣が決まった岸田文雄首相の「聞く力」発言然り、聞く力のない人の評価はどうしても低くなってしまう。そんななか、渋谷109のカリスマ店員から週刊誌記者に転身した山田千穂氏の著書『ずるい聞き方 距離を一気に縮める109のコツ』(朝日新聞出版)が注目を集める。

これまで3000人以上に取材し、一般人から芸能人、政治家などクセの強い人ともコミュニケーションを計り、聞く力を養ってきたという山田千穂氏はその能力をどのように身につけてきたのか。「対象者が話したくなる聞き方も大切」と話す彼女に、岸田文雄首相の聞く力は何がいけなかったのか、聞いてみた。

◆「聞く力」があっても、聞いたことを実行に移さなかったら意味がない!

――令和のMr.「聞く力」と言えば、総裁選への不出馬表明で退陣となった岸田首相です。岸田首相の「聞く力」をどう評価しますか?

山田千穂氏(以下、山田):3年前の出馬会見で、青いノートを誇らしげに掲げコロナ禍で生活に不安を覚える人たちの声を書き留めていると「聞く力」を強調した岸田さんでしたが、正直、「国民の声を聞いている」というパフォーマンスに過ぎなかったのかなと思いました。

「聞く力」には、確かに「聞き流す力」も必要です。ただ、岸田さんにはずっと聞き流されていたと感じる国民が多かったのではないでしょうか。少し気の毒なのは、「聞く力」は評価されづらいので、聞いたことをいかに実行に移したのかをアピールする力が弱かった面もあると思います。

――格差を広げたアベノミクスからの転換という姿勢には、期待した人も多かったはずです。

山田:「これまでの政権が先送りにしてきたことを、まず処理していく」という気概は感じられましたが、「小泉構造改革」や「アベノミクス」などのように、自分の軸となるテーマをもっと強く打ち出してもよかったのではないでしょうか。いつの間にか、岸田ノートも見なくなりましたし(笑)。今回の退陣に際しても、周囲の人たちから「ついて行こう!」「支えよう」と思ってもらえなかった感じがします。

私が岸田首相の「聞く力」に一番疑問を感じたのは、インボイス制度への反対署名を当初受け取らず拒否したことです。「全然聞く気ないじゃん!」ってなりましたよね。漫画家や落語家などの文化人をはじめ、フリーランスなど小規模事業者54万人以上の署名というのは、過去に例がない規模のまさしく国民の声です。最終的には受け取りましたが、結局義務化は強行採決されました。民主主義に反しているのでは? とモヤモヤした人は私だけじゃないと思います。事実、その後に支持率も低下していきました。

 

――もし山田さんが岸田首相の立場だったら、どう対応しましたか?

山田:まず54万人もの署名が集まるなんて、純粋に「すごーい!!」って言っちゃうと思います。もちろん総理がそんなギャルみたいな反応できないのはわかっていますが(笑)、それでも「聞く力」があるなら、まずは向き合う姿勢を見せるべきでしたよね。その上で、制度導入の必然性を丁寧に説明すれば、たとえ義務化されたとしても印象はずいぶん違ったと思います。

――まずは相手を褒める。受け取り拒否というのは、相手の声を聞くどころか、無視していますもんね。

山田:私たち週刊誌記者の主な仕事は、直撃取材です。相手のもとを急に訪ね、「記者です」と名乗ると「ヤダ! 帰って!!」「急に来られても何も答えられないよ!」と拒否されたり、無視されたりすることは少なくありません。記者になりたての頃は、その都度へこんでいました。もちろん、相手の状況によっては無視せざるを得ないときもあると思いますが、週刊誌と政権運営は違いますよね。自分にとって都合の悪い国民の声は聞かないことがあからさまで、ということは、これまでも“聞いているふり”で実際は聞いてなかったんじゃないかと信用できなくなりました。

皆さんが日常生活でここまで極端に「無理!」と拒絶されることは多くないと思いますが、コミュニケーションにおいて、無視や拒絶は相手をとても傷つけるということは意識した方がいいと思います。

――無視や拒絶とは少し異なりますが、たとえば石丸伸二氏やひろゆき氏のような「論点ズラし」もネット上では注目を集めています。クセの強い人とのコミュニケーションではどう対処するのがいいのでしょうか。

山田:年配の男性を取材することも多いのですが、「若い女」というだけで不機嫌な対応をされるなどハラスメント体質な人というのは、一定数います。論点ズラしをする人は、本来相手に向かうべきコミュニケーションの矢印が自分に向いているのだと感じることが多いですね。こういう人に対しては、まず相手の主張をいったん全部、聞きます。こういうタイプは「インパクトを残す」ことが重要で、相手のことを理解しようとする気がない、ちゃんと答えようという気がない人なので、10の勢いで聞きましょう。

――まずは気持ちよく喋らせることが大切?

山田:その上で、私だったら「今日も石丸節が炸裂していますね!」と褒めるところから始めます。闇雲にヨイショするわけではなく、状況を実況する中に「褒め」の要素を入れると、相手の勢いや空気を変えることができます。論点がズレていたとしても、そのとき話している内容は、本人が話したいことです。まずはそこに同調することが大事なんです。

たとえ自分の聞きたいことではなかったとしても、「ここが面白いと感じた」「共感できる」といったポイントは必ずあると思います。そこをフックに「掘り下げてもいいですか?」と、分からなかった部分を聞く。そうすると、ようやく矢印がこちらに向きます。

――コワモテの上司や、逆に何を考えているかわからない若手社員や部下の話を聞く際にも応用できそうですね。

山田:相手から聞き出す力という点においては、まず褒めるは大切な要素です。あとは、前時代的ではありますが、飲みニケーションの力はバカにできません。話しやすい空気づくりは「聞き出す」の基本。若手社員であれば、私は1対2で話を聞くよう心掛けていて、同じ悩みを持つ側を2人すると「自分だけの問題じゃないんだ」と安心感が2倍になり、話してくれやすくなりますね。

――圧迫感を与えないことが大事なのですね。

山田:そうなんです。子どもを叱るときも、つい「なんでこんなことしたの!?」と言ってしまうと思いますが、「なぜ?」「なんで?」と聞かれると、人は言いたいことを素直に言えなくなります。そういうとき、私は「どうしたら〜かな?」「どうすれば〜できるかな?」と言い換えます。大人が相手であれば「教えていただけますか?」という表現に変えて聞いています。

声に出してみるとわかりやすいのですが、「なぜ?」「なんで?」は「どうしたら?」「どうすれば?」より文字数の差以上に早口になります。スローペースで話す相手には、「なぜ?」はとても圧が強く聞こえてしまうんです。

「ホントにわかってる?」と聞き返すのもダメ。断トツでイラッとして落ち込みます。本当にわかったか心配なときは「何かわからないところはなかった?」「言葉足らずだったかもしれないけど、意味わかってもらえたかな?」と言い換えればイラッとさせないと思います。少しの言い換えで「相手が話したい」「この人になら話してもいい」と思うはず。それは週刊誌記者じゃなくても、誰にでも当てはまると思うんですよね。

山田千穂

記者。埼玉県川口市出身。1988年生まれ。『週刊ポスト』『女性セブン』で記者を約10年経験。芸能、事件、健康等の記事を担当。取材で、聞く力、洞察力、コミュ力を磨く。3000人以上に取材。直撃取材、潜入取材を得意とする。大学在学中は渋谷109で販売員としてアルバイトをし、お正月セール時には1日最高500万円を売り上げる。

著書に『ずるい聞き方 距離を一気に縮める109のコツ』(朝日新聞出版)がある