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 日本製鉄によるアメリカの大手鉄鋼メーカー、USスチールの買収計画について、バイデン大統領が阻止に動くと複数の米メディアが報じている。この動きについて「アメリカの最も緊密な同盟国との関係を複雑にする恐れがある」(ワシントン・ポスト)など日米関係への影響や、バイデン政権の対応の拙さを指摘する報道がある一方、日鉄が政治介入の可能性を甘く見たとの報道もある。

◆法的問題を引き起こすとの指摘

 アメリカ政府の対応は行き過ぎだとの見解を米紙は伝えている。

 バイデン大統領は3月に、「USスチールは1世紀以上にわたり、アメリカの象徴的な製鉄会社であった。国内で所有、運営されることが重要だ」と述べ、USスチールの外国企業への売却に反対する姿勢を示した。この発言について全米商工会議所は「不適切で非生産的」であると述べ、外国企業によるアメリカの資産の購入を審査する対米外国投資委員会(CFIUS)のプロセスを政治化していると批判した。

 この問題の所轄組織である司法省のCFIUSのリック・ソフィールド元代表はワシントン・ポスト紙(WP、9月8日)に、「これは異常に思われる。通常プロセスが進行する方法ではない」と述べ、バイデン氏の動きが不適切である可能性に触れている。CFIUSは、取引が国家安全保障に与える脅威と脆弱性を評価する「リスクベースの分析」を行うが、大統領の発言が事前に結論を出しているように見えるため、法的リスクを招く可能性があるとの指摘だ。

 CFIUSは最近、両社に対し、買収がアメリカの国家安全保障を損なうと結論付けたことを通知した。これに日鉄とUSスチールは強く反論しており、最終的に大統領の決定が下されれば法廷で争う意向を示している。

 匿名の関係者はWPに、「裁判所に訴えれば、機密扱いされていたもの、政府にとって都合の悪いものがすべて、全世界に公開されることになる」と述べ、アメリカ政府の不利を指摘している。

◆大統領選のための買収阻止

 アメリカ政府による買収阻止は、安全保障上の懸念からではなく、11月に行われる大統領選を見据えての動きだ。

 ウォール・ストリート・ジャーナル紙(WSJ、9月5日)は、「日本製鉄は、外国企業が今年の接戦の大統領選挙で最も重要な激戦州の一つであるペンシルベニア州の主要な雇用主を買収することの政治的影響について誤算を繰り返した」と、日鉄の戦略ミスを指摘。

 現地のアナリストも、数十年にわたりアメリカの主要な同盟国である日本の企業にUSスチールを売却することで、実際に安全保障上の懸念が生じるとは考えていない。国防総省によると、同省の年間の鉄鋼需要は、アメリカ全体の鉄鋼生産量のわずか3%だという。(WP)

◆日米関係への影響を懸念

 買収阻止が日米関係に与える影響を懸念する声も上がる。

 ニューヨーク・タイムズ紙(NYT、9月6日)は、「アジアにおける中国の台頭する経済的および軍事的な影響力に対抗するために東京とワシントンが協力関係を深めようとしているときに、この政治的な嵐が両国の関係を緊張させる危険性がある」と指摘。日本は先端半導体をめぐるアメリカ主導の中国包囲網に参加している。

 日本がアメリカの要請に応え、太平洋の秩序のためにより積極的な役割を担おうとするなか、アメリカの政治家が日鉄の買収計画阻止に動けば、「日本は後退し、アメリカに先導を任せ、アメリカの温度感がはっきりわかっているときだけ、それに従うようになる。それは大きな損失だ」と、米シンクタンク、ハドソン研究所ジャパンチェアーのウィリアム・チョウ副部長は述べる(NYT)。

 また、法律事務所A&O Shearmanの東京のパートナーで、合併・買収を専門とするニック・ウォール氏は、買収が阻止された場合、買収当事者は特殊な状況と不運なタイミングについて理解するとしながらも、「全体的に、アメリカの開放性に関するメッセージとして良くない」と、懸念すべきシグナルが送られる可能性があると指摘した(NYT)。

 WSJは、バイデン氏やハリス氏の発言は中国に対抗するために同盟国を結集させようとするアメリカ政府の動きに反しているという野村総合研究所の木内登英氏の指摘を報じた。同氏は、買収を禁止する動きは「将来のトラブルの種をまいて、日米間の信頼に悪影響を与える」と述べる。

 また、アメリカ政府が国家安全保障上の理由で取引を阻止した場合、アメリカへの投資について再考する外国企業が出てくる可能性があると懸念する声が政財界や専門家の間であるという(NYT)。

 買収計画の米政府による阻止問題は、法的問題を引き起こしかねないだけでなく、日米間の信頼問題にまで発展する兆しを見せている。