東京・練馬区の自宅で昨年12月、当時81歳の妻の首を絞めて殺害した罪に問われている吉田春男被告(87歳)の被告人質問が13日に開かれた。
前日の初公判で被告人は、公訴事実について「間違いありません」と認めており、量刑を争点に裁判員裁判で審理が進められている。
徐々に“人間らしい生活”を送らなくなっていった妻
被告人と妻は1965年にお見合いで結婚し、2男1女に恵まれた。子どもたちの証言によれば、父母は昔からよくささいなことで口論をしていたが、「車で旅行に行くなど、それなりに普通の家族の思い出はある」(長男の証人尋問より)という。
夫婦が老齢となるにつれ口論は減っていったが、一昨年11月頃、妻が外出中に転倒したことをきっかけに生活が変わりはじめた。妻はもともと足が弱っていたこともあり、外出の機会が極端に減っていったという。
そして妻は、徐々に“人間らしい生活”を送らなくなっていく。入浴、トイレ、食事の準備、洗濯などはひと通り自分でできる状態だったというが、風呂に入る頻度が激減。また深夜に大音量でテレビを見て、朝はアラームが鳴っても起きないなど、昼夜逆転した生活を送るようになった。検察の冒頭陳述などによれば、昨年夏ごろから、こうした生活態度をめぐって被告人とたびたび口論になっていたそうだ。
「父はうつ病では」長男が感じた“異変”
そこに追い打ちをかけたのが、被告人が“頼りにしていた”という甥(おい)の死。
甥とはいっても、被告人とは11歳差で70年以上の付き合い。同じ町内に住み、存命の親族の中では年齢も近く、話が合う存在だったことから、亡くなったことは大きなショックを与えた。被告人は安眠できず、食欲もなくなり、一時は体重が14kgほど落ちるなど、目に見えて憔悴(しょうすい)していった。
被告人質問では「甥の死をきっかけに将来への不安を募らせた」ことも語られたが、同居していた長男は「父はうつ病では」と疑う言動を目にしていたという。
「トイレから出てきた父が居間に戻るとき、直立したまま、つま先立ちでかかとを上下させるような動きをしていました。そのときの父は目がうつろで、運動のためにしているようには見えず、私が『大丈夫か』と声をかけると、ハッとわれに返ったように動きをやめました。最後に見たのは事件当日で、それまでに2回ほど同じようなことがありました」(長男の証人尋問より)
長男は今年1月には介護退職によって仕事を離れることになっていた。年末は仕事が繁忙期だったこともあり、一段落してから被告人を病院に連れて行こうと思っていたという。事件が起きたのは、そんなときだった。
“いつもの口論”が引き金に
事件の引き金となったのは、被告人いわく「これまでの口論と同じようなもの」だったという。
当日の昼過ぎ、先に昼食を済ませた被告人が「早く昼ご飯を食べたほうがいいんじゃないか」と言ったところ、妻が「まだ遅くないんだ」と反論。その後の詳しいやりとりは思い出せないというが、妻が玄関へ向かおうとしたため、両肩を持ち反対側へ押したところ、もみ合いになった。そして倒れこんだ妻の首を、妻が動かなくなるまで両手で締め続けたという。
なお、被告人が犯行に至った動機について、検察は冒頭陳述で「積もった怒りがピークに達した」と見解を示している。
その後、被告人は自ら119番通報。「妻を殺害しまして、動かないのですが、私が殺害というか絞殺で、脈がありません」などと話し、救急隊員とともに警察がやってくるのを自宅で待っていた。その間、居間のテーブルに自身と妻の身元を証明するマイナンバーカード、「妻を殺害致しました。」と書いたメモを準備していたことなどから、弁護側は自首の成立を主張している。
要介護認定を受ける段階ではなかったが…
近年、「老老介護」が社会問題となっている。厚労省の調査(※1)によれば、要介護者等のいる世帯のうち「老老介護」をしている世帯(※2)は、2022年時点で63.5%だった。
※1 「国民生活基礎調査」の一環として3年に一度実施している介護の状況調査
※2 「要介護者等」と「同居の主な介護者」がともに65歳以上だった割合
ただし今回の事件は、夫婦はともに80代で体の自由が利かなくなりつつあったものの、いずれも要介護認定を受ける段階にはなかった。同様の状況に置かれている家庭も少なくないと思われる。
被告人は、自分たちが「干渉しない夫婦だった」と振り返りつつ、次のように述べた。
「元気なときは問題が起きないが、体が弱ってくるとそうもいかない。どこかで切り替えられればよかったが、こうなる前に気づいて話し合えばよかった。全部私の責任です」(被告人質問より)
子どもたちも供述調書などで「家族みんなの責任」などと語っており、他の親族も、妻のきょうだいを含めて寛大な処罰を望んでいるという。
判決は20日に言い渡される予定だ。