「景気が悪くなるときに備えて資金を蓄える」で有名なキャッシュフロー経営のお手本とされるパナソニック(旧松下電器)のダム式経営。ところが、多くの経営者が松下氏の語る「資金の蓄え」を誤解して手本にしているようで……。税理士である稲垣保氏の書籍『可視化会計 本当の利益を掴む術』(総合法令出版)より一部を抜粋・再編集し、みていきます。
松下幸之助氏のダム式経営への“誤解”
パナソニック(旧松下電器)創業者の松下幸之助氏の“ダム式経営”は、有名な話ですが、単なるキャッシュフロー経営のお手本だと誤解しているケースが多いように感じています。
かつて、京セラを創業した稲盛和夫氏が、松下氏の「ダム式経営」の講演に参加したことについて雑誌で語っていたことがありました。
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そのとき松下氏は「好景気だからといって、流れのままに経営するのではなく、景気が悪くなるときに備えて資金を蓄える。ダムが水を貯め流量を安定させるような経営をすべきだ」と語った。聴衆の一人が「ダム式経営の大切さはわかるが、そのやり方がわからないから困っている」として、そのやり方を尋ねると、幸之助氏は「まず、ダムをつくろうと思わんとあきまへんなあ」と答えたのである。具体的なノウハウを期待していた聴衆の多くは落胆し、失笑したが、私はそのとき、一途に思い続けることの重要性を理解し、強い衝撃を受けた。
雑誌『PRESIDENT』2014年8月4日号より
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当時の松下電器は、“松下銀行”といわれるほど現預金を蓄えていた会社として有名でした。それは松下氏が言うように、松下電器が長年に渡り「景気が悪くなるときに備えて資金を蓄えてきた」のであり、その結果だったのだと思うのです。
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松下幸之助氏のダム式経営の本当の意味
松下氏が言う「資金の蓄え」とは、現行制度会計が求める単なるキャシュフロー経営とは次元が違うものだと思うのです。「資金の蓄え」という場合の資金とは、「自分で稼いだ儲けのお金」のことをいっていると思うのです。
なぜなら、資金が「借金のお金」だったら「蓄え」にはならないからです。
銀行から100万円を借りて、そのお金をそのまま預金しておいても、その預金を蓄えた預金とは言いません。松下氏は、直感的にこの金銭感覚を理解していた数少ない経営者の一人だったのだと思う次第です。
稲垣 保
有限会社マーフシステム代表取締役
財務経営コンサルタント、税理士
1974年東京経済大学卒業。新卒入社した会社を2年で退職し税理士試験に専念。合格後1977年より会計事務所で働き始める。1985年に相続対策コンサルティング会社に転職し、1989年12月に独立して有限会社マーフシステムの設立と稲垣税務会計事務所を開設する。1996年9月に佐藤幸利先生が主催するCMA研究会に参加し、利益資金会計研究所を併設して資金管理指導を実践。現在まで「お金の研究」を継続している。著書に『経営者のための利益のお金が見える会計』(WIP)。