脅迫まがいの引き留めが企業にもたらす“多大な損失”

この一連の流れのなかで注意しなくてはいけないことに、次のようなポイントがあります。現職企業がもし大企業だとすると、この上司の言動が人事部門に知られることになったら、おそらく人事部門はあわてるでしょう。この引き留めの事案では、明らかに上司が行き過ぎた言動をしているからです。人事部門と緻密に連携していれば、このような慰留をするとは思えません。

人事部門としては、ここまで行くと別の問題が起きることを懸念したはずです。別の労働裁判に持ち込まれる可能性もあるなど、非常にリスクの高い言動で上司が暴走してしまっています。人事としては退職届の提示から法律で保護されている範囲で、極端にいうと退職を認めなければなりません。

退職を申し出た人物に「お願いしますよ」と言うことはできても、引き留めることはできません。上司が自分の立場が危うくなることを恐れて、独断で訳のわからない引き留めをしてしまったということが、こうしたケースで多くを占める実態といえます。

Aさんの事例は、労務部門が「こういう風に引き留めてください」という内容をはるかに超えてしまっています。このような引き留めをしてしまうと、脅迫的な言動をしたことになりかねず、現職側が一気に不利になります。時間稼ぎにもなっていません。

ほとんどの場合、「なぜ退職の意思が出てたのか」と上から叱責されるのを怖がって、こういうことをしてしまうわけです。エージェントなどのサポートを受ければ、本人が強く転職を希望している以上、円満退職に向かうハードルはかなり低いといえるでしょう。現職企業のほうが失うものが多くなるに違いありません。

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高圧的な引き留めにあった場合には冷静な対処を

読者のみなさまもそれぞれに優秀な方でしょうから、転職を志すこともあるかと存じます。その際にもしかしたら高圧的な引き留めにあって動揺してしまうかもしれません。

しかし、日本における過去の労働裁判を含め、通常の手続きを経て退職が認められなかった判例は一切ありません。おびえることはないのです。社員の権利が強く保護されているのが日本の労働三法です。

私の知る格言に「法律というのは弱い人の味方をするのではなく、知っている人の味方をするものである」というのがあります。企業を敵に回して交渉するのは不安になりますが、冷静に対応していただければよいと思います。

福留 拓人

東京エグゼクティブ・サーチ株式会社

代表取締役社長