「自己保身の選挙になっている」伊吹文明元衆院議長が見る「総裁選」の変遷… 政治家に求められる“法律以上”に大切なこと

最大与党のトップを決める自由民主党総裁選挙が9月12日、告示された。立候補したのは40代から70代まで過去最多の9人(うち女性2人)。われわれ国民は、どこに注目し、何を期待すればいいのか。立法府の長である衆議院議長などを歴任した元自民党所属衆議院議員の伊吹文明さんに話を聞いた。

派閥なくなり大きく様相変わった総裁選

東京・永田町に鎮座し、洋風建築の威風堂々の姿が目を引く国会議事堂。その斜め左後方に建つ自民党本部に、安倍晋三元首相をはじめとする歴代総裁が写された畳10畳ほどもあろうかという大きなポスター(垂れ幕)が掛かっている。そのポスター。次にその一員となるのは誰なのか。

総裁選に立候補したのは、高市早苗経済安全保障相(63)、小林鷹之前経済安全保障相(49)、林芳正官房長官(63)、小泉進次郎元環境相(43)、上川陽子外相(71)、加藤勝信元官房長官(68)、河野太郎デジタル相(61)、石破茂元幹事長(67)、茂木敏充幹事長(68)の9人(届け出順)。9人の立候補は現行の総裁公選規程となって以降最多。9月27日に党本部で投開票が行われる。

行政の長、総理大臣に就くことが確実な最大与党、自民党の総裁選だが、伊吹さんが衆議院議員(京都1区、当選回数12回)を務めていたころと現在では、派閥の解体などにより党内の状況が大きく異なっているという。


議員時代の伊吹文明さん(画像提供:伊吹文明事務所)

「“顔”選ぶ総裁選になっている」

橋本龍太郎内閣の時の「第41回衆議院議員総選挙」(1996年10月)から導入されている選挙制度、小選挙区比例代表並立制は、それまでの中選挙区制から大きく“選挙の戦い方”を変えた。

中選挙区制では、各都道府県の定数最大5名の選挙区で、党が公認する5人の立候補者の後ろにあるのが“派閥”だった。

派閥、そして派閥のリーダーである領袖(りょうしゅう)の力は党の力よりはるかに大きかったとして、伊吹さんは当時をこう振り返る。

「中選挙区時代、自民党は派閥の“合衆国”であって、その時々の利害関係に応じて派閥同士が組んだり離れたりすることで党総裁も決まっていました。私が(衆議院議員に)初当選したころは、田中派、福田派、中曽根派、大平派、河本派の各派閥があり、それぞれの領袖がお金を集めて、各派を運営し、(選挙の際の)選挙資金も世話をしていました」

党総裁選も、派閥単位で動いていたという。

「この人(派閥の領袖)を総裁にするためにみんなで頑張る。あるいは、他派の派閥の領袖を総裁に押し上げてその政権の中で枢要な地位を占める、そういう戦いでした」

しかし、そうした構図は大きく変わっている。

「当時総裁選は権力のやり取りの場でしたが、今は誰が総裁になったら選挙の顔として戦いやすいか、という程度の選択肢になっています。自分が(選挙で)当選するためには誰がいいのか、というような自己保身の総裁選になっています」

「日本をどういう国家にしていくのか」

しかし伊吹さんは、近年行われた総裁選である候補(その後首相に就任)が決選投票で逆転勝利したことにも触れつつ、「選挙がポピュリズム(大衆からの人気を得ることを第一とする政治思想や活動・大衆迎合主義)に左右されたり、選挙で勝つための“顔”を選ぶことではあってはならない」とくぎを刺す。

「(党員投票を行う)党員は、その人(候補者)の人柄や行動パターンを十分に見る機会はありません。露出度の高い人、ポピュリズム的に人気のある人が選ばれがちですが、(議員投票を行う)国会議員は(候補者の)人格、性格を身近で見ています」

ポピュリズムにおもねることのない総裁選。伊吹さんは立候補者にも強くそれを求めている。

「いかに国民の目先の人気を取ろうか、ということではなく、日本をどういう国家にしていくのか、ということを示してほしい」

その上で、伊吹さんが政策として求めることの第一は、「経済再生」「経済力の復活」だ。

「バブルが崩壊する前までの日本は世界で一目置かれていましたが、失われた30年の間に、世界第2位だった経済力、1ドル70円だった円の実力は、世界第4位、1ドル145円にまで落ちています。もう一度、『日本を抜きにしては世界のことは決められない』というような国力を回復させなければなりません」

総裁選後の衆議院での首相指名(※)により、岸田文雄首相の後を受け、次期首相に就任する新総裁。

「行政権の責任者として大切なことは、日本の現在の課題、それを克服する構想・ビジョン、その結果としての国家像と国民のあるべき姿を示し、外交内政の政策を具体的に提言し、国民の皆さんも一緒に頑張りましょうと呼びかける姿勢です」

※衆院選後に初めて召集される国会で内閣が総辞職し、実施される首相を選ぶ選挙のこと。投票により、衆参両院で過半数の票を得た人が首相に指名される。

社会秩序守る法律以上に大切なこと

さらに、伊吹さんは新総裁に国民の意識を変えるリーダーシップも求めている。

「戦後の廃虚の中から立ち上がり、日本が世界有数の経済大国になった大きな理由は、みんなが助け合い、勤勉に働いたから。それをもう一度しっかり取り戻してもらえるよう国民意識を変えていってほしい。

そのためには、国民に憲法第12条(※)の精神を再確認してもらい、権利の主張には義務が伴うこと、自由は『公共の福祉』の下に保障されることを呼び掛け、一緒に努力しよう、との共感を得なければなりません」

※憲法第12条「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであって、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。」

派閥を通してパーティー収入を議員にキックバックしていた“裏金問題”で大きく信用を落とした自民党。その再生について、伊吹さんはこう語る。

「社会の秩序は、法律や刑罰で守られているように思えますが、もっと大切なことは、お互いに助け合っていこう、といったその民族、国民が持っている暗黙の約束事のようなもの。そういうことが一番大切です。ましてや国民から選ばれる政治家がそういう意識を持っていないようであれば、とても政治家は務まらない。(新総裁には)政治資金規正法に違反したら、直ちに党を離れてもらう、などの誓約書を公認候補に書かせることも必要でしょう」

国家のビジョンを示し、国民と共に歩む新総裁が誕生するか。多くの国民の目が注がれている。