2024年9月5日、首相官邸ではジョブ型人事推進会議が開かれ、ジョブ型人事を導入した企業との意見交換が行われた。岸田首相は、ジョブ型人事が一般的となる海外企業と比較し、新卒一括採用や異動が多い日本企業の競争力維持を危惧。政府として今後、『ジョブ型人事指針』の周知徹底活動を多面的に行っていくことを明らかにした。しかしこのジョブ型人事、成果主義であることから聞こえはいいが、すでに導入された大手企業の社員からは「現実はそう甘くない」との声も少なくなく……。ある男性に詳しく話を聞いた。

各種手当が給与明細から消えた男性

東証プライム市場に上場するある大手インフラ企業に勤める男性(43)が異変に気づいたのは、今年の4月末のことだった。銀行口座を確認したところ、振込額が前月から数万円減っていたのだ。

慌てて給与明細を確認した男性だったが、そこで驚愕の事実に気づく。これまで支給されていた、「家族手当」や「住宅手当」といった項目がなくなっていた。結局、定期昇給分を打ち消し、逆にマイナスになっていたと肩を落とす。

男性の務める企業では数年前、ジョブ型の雇用制度を導入した。これまでのゼネラリストを育成するメンバーシップ型と異なり、ジョブディスクリプション(職務記述書)に沿って仕事の要件を定義し、成果をもとに給与を支給するという内容だ。欧米の企業を参考にしたもので、近年、日本でも導入する企業が増えている。

バブル期に入社した「働かないおじさん」への対応に頭を悩ませていた男性は、「業務内容に応じて給与が支払われるべきだ」とジョブ型の導入に賛成していたが、各種手当の削除は完全に盲点だったという。

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「人件費を削減したい会社と労働組合がグルになっていた」

これまで、JTC(ジャパニーズ・トラディショナル・カンパニー、いわゆる伝統的な日本企業)では業務内容や勤務地を限定せずに雇用契約を結ぶメンバーシップ型が主流だった。結婚すれば配偶者手当を、子供が生まれれば教育手当を、家を買ったり借りたりすれば住宅手当を支給する、という文化は社員を家族の一員とみなす発想から来ており、その名残りだ。

しかし、業務内容や勤務地などの条件を指定して雇用するジョブ型では、こうした事情は給与には反映すべきではない、と考えられるのが一般的だ。確かに結婚や出産、住宅の選択は個人の自由であり、仕事の成果にはなにも関係ない。むしろ、育児を理由に遅刻や早退を繰り返すママ社員が各種手当をしっかりもらい、それをカバーする独身社員のほうが給与が少ないというのは不公平感を醸成するので適切ではないとの指摘もあった。

会社はジョブ型の導入に際し、「各種手当の削減分は成果給として反映する」として働いた人にはしっかり報いると表明。合わせて経過措置を設けることで、労働組合とも合意した。しかし、「人件費を削減したい会社と御用組合がグルになっていた」と男性は憤る。

ジョブ型や成果主義といえば聞こえがいいが、結局、年功序列的な人事制度は温存されたまま。肝心の成果給もブラックボックスとなっており、実際に成果に応じて誰がどれだけもらっているかは不透明だ。

ジョブ型への移行で1ヵ月あたりの給与は1万円程度上昇したものの、経過措置の終了により、合計5万円程度だった各種手当がなくなったため、手取りは大幅なマイナスとなったという。加えて秋から異動が決まり、まったく未知の領域での仕事を割り当てられることになった。ジョブ型はすでに有名無実化しているものの、成果を出せなければそれを理由にさらに給料が下がりかねない。