起業と聞くと「特別なスキルや才能、資産がなければ成功しない」と考える人も少なくないでしょう。しかし、日本では1日におよそ400社近くの法人が設立されるなど、起業は思っている以上に身近な存在です(東京商工リサーチ:2022年「全国新設法人動向」調査より)。中小企業の情報システム部で働く40代の男性は、ひょんなことから“儲かる副業”のタネをつかみました。事例をもとに詳しくみていきましょう。経営コンサルタントの鈴木健二郎氏が解説します。
年収450万円、42歳男性の“可もなく不可もない”日常
松田亮さん(仮名・42歳)は、とある中小企業の情報システム部で働いている。毎日社員のパソコンを見つめ、あらゆるITトラブルの対応に追われる日々を過ごしていた。
年収は450万円程度で、1人で生活するには十分だが、家族を養うには心もとない収入だ。彼の仕事ぶりは悪くはないが、特に優秀とも見られず、周囲からは「頼りにはなるが、特に抜きん出たところはない」という評価でいわゆる“地味な存在”であった。
自分のスキルが評価されている実感はない。ただ“可もなく不可もなく”日々の業務をこなす亮さんは、どこか自分の価値に疑問を感じはじめていた。
自分の価値に気づいた「頭数合わせの会議」
そんなある日、亮さんが頭数合わせのために出席した取引先との会議でのこと。突然相手方のパソコンに不具合が生じ、会議が中断する事態となった。
しかし、日々のトラブル対応に慣れている亮さんは、その場で手際よくパソコンを操作し、ほどなくして会議を再開することができた。取引先の担当者からは「さすがIT担当ですね! すごい」と称賛されたのだが、そのとき、亮さんの心にふと疑問が浮かんだ。
「これって、そんなに特別なことなのか?」
普段当たり前のようにこなしていることが、他者から見ると特別なスキルに映っている……亮さんが、自身の「隠れた価値」に気づいた瞬間だった。
しかし、自社に戻ると、自分が評価されているとは思えない。「松田さん、なんとかして~。また壊れちゃって……」とパソコンの不調を訴える同僚には、「まだ? 急ぎなんだけど、もう少し効率よくやる方法とかないの?」と言われる始末だ。いつもなら聞き流すところだったが、この同僚のひと言が逆に亮さんの背中を押すことになった。
「ここで仕事を続けても、自分の価値が認められることはないな」
亮さんは、自身のスキルをもっと違った形で活かせないか模索することにした。
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ITサポートを「副業」にするも、高いハードルに苦戦
やがて亮さんは副業として、個人向けのITサポートやパソコントラブルの解決サービスをはじめることにした。当初は友人や知り合いをターゲットに、ちょっとしたお小遣い稼ぎのつもりだったが、実際にビジネスとしてお金を取るとなると、思ったよりもハードルが高いことに気づいた。
知り合いといえど、顧客の要求レベルは想像以上に高く、トラブルが解決しない場合はクレームが来てしまう。収益も安定せず、心身ともに疲弊し、「やめてしまったほうが楽かもしれない」としだいにモチベーションが下がっていった。
また、亮さんのサービスは、特に目新しさや独自性があるわけでもない。同様のサポートは他にも多くあり、大きな会社ほど価格も安い。他のITサポートと差別化できず、価格競争に巻き込まれることもしばしばあった。
妻からも、「もう少し、あなたらしさが活かせるようになれば軌道に乗りそうだけど……」と指摘され、亮さんは自分のやり方に迷いを感じていた。
「高齢者向けデジタル教室」に販路を見出す
そんななか、知り合いづてに近所の高齢者サークルから「最近のデジタルデバイスについて、使いこなせない高齢者が多いので、操作方法を一から解説する教室を開いてほしい」という依頼が入った。
当初、亮さんは「教えることはもう苦手意識が芽生えているし、相手は高齢者か……」と気が進まなかったが、とりあえずやってみることに。
すると、彼の丁寧でわかりやすい説明は高齢者たちに大変喜ばれ、「松田さんのおかげで孫とLINEができるようになった」などと、驚くほど感謝されたのだ。
これをきっかけに、提供するサービスをパソコンを中心とした「ITサポート」からさまざまなデジタルデバイスについて包括的にサポートする「デジタルライフサポート」へと転換。主なターゲットは高齢者とし、シニア向けのデジタル教育とトラブル解決を柱にサービスを展開することを決意した。
受けがよかった対面講座に加え、ビデオ通話を使ったリモートサポートや少人数制のワークショップなど、地域に密着したサービスを提供しはじめた。
すると、彼のビジネスはだんだんと口コミで知名度を上げ、「松田さんの講座はわかりやすい」と評判に。地域の福祉施設やシニア向けマンションからも依頼が入るようになり、収益は安定していった。
年商は600万円を超え、仕入れ・在庫の要らない無形資産ビジネスであることから、年商はほとんどそのまま自分の収入となった。副業からスタートしたデジタルライフサポートビジネスはやがて本業へと成長し、現在は法人化を検討中だそうだ。
以前はただの“社内にいる便利な人”だった亮さんも、いまではデジタルライフサポートの第一人者として地域で知られる存在になり、やりがいと充実感を感じる毎日を送っている。