マイナ保険証“強制”の「法的欠陥」とは?  “1415人の医師・歯科医師”が国を訴えた「行政訴訟」が結審、11月判決へ

9月19日、東京保険医協会の医師・歯科医師ら1415人が原告となり、厚生労働省の省令によって医療機関が「マイナ保険証」による「オンライン資格確認」を義務付けられたことに対し、その義務がないことの確認を求めて国を訴えた裁判の第8回口頭弁論が行われ、結審した(東京地裁)。判決は11月28日に下される。

12月2日以降、現行の健康保険証の新規発行が停止され、いわゆる「マイナ保険証への一本化」が行われる。従前から医療現場でのエラーの多発等による業務の停滞、利便性やセキュリティ面の問題・課題が指摘、批判されている。そして、法的観点からも、憲法や健康保険法との関係で重大な問題が指摘されている。

本件訴訟は、まさにその法的問題点の一つを争うために提起されたもの。裁判所がどのような判断を下すのか、注目される。

「オンライン資格確認の義務」を課す「療養担当規則」

原告の医師・歯科医師らが提起した訴訟は、クリニック・病院等でマイナ保険証による「オンライン資格確認」を行う義務を強制されないことの確認を求める「実質的当事者訴訟」である(行政事件訴訟法4条後段)。

オンライン資格確認とは、医療機関や薬局で、マイナンバーカードのICチップの電子証明書により、オンラインで健康保険の被保険者の資格情報の確認ができることをさす。

オンライン資格確認を行うには「顔認証付きカードリーダー」の導入、レセコン・電子カルテ等の既存のシステムの改修、ネットワーク環境の整備等が必要となる。

政府は、2022年6月の閣議決定で、全国の医療機関・薬局に対しオンライン資格確認を義務付けることとした。それに基づき、厚生労働省令の「療養担当規則」が改定され、2023年4月からオンライン資格確認の義務が課されることとなった。


療養担当規則を所管する厚生労働省(千和/PIXTA)

療養担当規則3条1項の規定は以下の通り。

「保険医療機関は、患者から療養の給付を受けることを求められた場合には、健康保険法3条13項に規定する電子資格確認によって療養の給付を受ける資格があることを確認しなければならない」

この「義務化」を受け、2022年8月24日に行われた「オンライン資格確認の原則義務化に向けた説明会」において、厚生労働省の担当者が、オンライン資格確認を行わなければ「療養担当規則違反になり、 “指導”の対象となって、保険医療機関指定の取消事由にもなりうる」と述べている。

保険医療機関の指定を取り消されると、事実上、その医療機関は保険診療を取り扱うことができなくなり、廃業を迫られることになる。

また、「指導」という言葉は、医師の間では特別な意味を持つとされる。過去には「個別指導」を受けた医師が自死する事例が複数あり、2013年には石井みどり参議院議員(自民党・歯科医師)や小池晃参議院議員(共産党・医師)らが制度のあり方と行政の対応を問題視し、健康保険法の改正を訴えた。

オンライン資格確認の“強制”に「法律の根拠」がないのは「憲法41条違反」

原告らの主張は、政府が「オンライン資格確認の義務付け」を「療養担当規則」で定めたことが、憲法41条に違反するというものである。同条は「国会は、国権の最高機関であって、国の唯一の立法機関である」と定めている。

国会が「国の唯一の立法機関」ということは、以下の2つの意味をもつ。

・国会単独立法の原則:国会が「法律」を制定する権利を独占するという原則
・国会中心立法の原則:国会による「法律」の制定に他の機関の関与を許さないという原則

これらは、法律を制定する権限を、国民代表機関である国会に独占させることによって、国民の人権を守る趣旨に基づく。

そこで、憲法41条の「法律」の意味が問題となる。複数の見解があるが、いずれの見解も、少なくとも「国民の権利を制限し、義務を課する法規範」が必ず含まれることには争いがなく、完全に一致している。なお「国民」には個人だけではなく法人も含まれる。

本件で問題となっているのは、法律ではなく厚生労働省令にすぎない「療養担当規則」で医療機関等に「オンライン資格確認」を義務づけていることが、憲法41条の「国会単独立法の原則」に違反するのではないか、という点である。


国会が「唯一の立法機関」である意味は?(リュウタ/PIXTA)

国会単独立法原則の「例外」が認められる要件は?

国会単独立法原則には「例外」がある。それは、「現場」をより熟知し専門技術性にすぐれた行政機関に「委任」して政令・省令等で定めさせる場合である。その理由は、人権保障にとって有益な場合等が考えられることによる。

そして、この「法律による委任」は実際には多く行われている。

ただし、単に、政令・省令等に委任する文言があれば合憲になるわけではない。国会による行政に対する「委任」には一定の要件が求められている。

その要件は、「法律で命令等への委任を定めているか」と、「命令が法律による委任の範囲を逸脱していないか」の2つに分けて論じられる。

第一に、「法律で命令等への委任を定めているか」については、判例・学説によれば、委任は「相当程度、個別具体的」に行われなければならない(最高裁昭和49年(1974年)11月6日判決等参照)。

第二に、「命令が法律による委任の範囲を逸脱していないか」という問題である。

この問題については、医薬品のネット販売に関する省令が、薬事法(現・薬機法)の委任の範囲を逸脱し無効であるとした最高裁判決(最高裁平成25年(2013年)1月11日判決)の『最高裁調査官解説』において、以下の4つの考慮要素が示されている。

①授権規定の文理
②授権規定が下位法令に委任した趣旨
③授権法(法律全体)の趣旨、目的、しくみとの整合性
④委任命令によって制限される権利ないし利益の性質等

なお、上記最高裁判決の当時、最高裁の調査官として「調査官解説」を執筆したのは、奇しくも本件で裁判長を担当している岡田幸人判事である。

療養担当規則への「法律による委任」が欠けている?

原告弁護団の二関辰郎(にのせき たつお)弁護士は、結審後の記者会見において、本件訴訟で行われた多岐にわたる議論のなかから、「法律で命令等への委任を定めているか」に関する議論の一部を紹介した。


二関辰郎弁護士(東京都千代田区。弁護士JP編集部)

二関弁護士:「国側は、健康保険法70条1項を委任の根拠規定だと主張している。この条文は『保険医療機関または保険薬局は、…保険医または…保険薬剤師に、…診療または調剤に当たらせるほか、厚生労働省令で定めることにより、療養の給付を担当しなければならない』と定めている。

これを根拠に、療養担当規則への『基本事項の全般の定めを厚生労働省令に委任するもの』だという。

しかし、法70条1項は『療養の給付』について厚生労働省令に委任する規定であり、『資格確認』についてはなんら委任していない。両者は別のものだ。

また、健康保険法には、他にも『療養の給付』に関わる委任を定めた条文がおかれている。そして、それらの個々の条文による委任を受けて、厚生労働省が規則を制定している。

私たちが挙げたそれらの条文は、国側が証拠として提出した『健康保険法の解釈と運用』(法研)という本の中で、『療養の給付』に関わる具体的な条文として紹介されていたものだ。

もし、国側が主張するように、法70条1項が『全般的な委任』を定めたものだとすれば、それらの条文でわざわざ委任していることの説明がつかない。省令等に委任するには法70条1項だけあればよく、他の条文の委任はすべて不要な規定ということになってしまい、不合理だ」

国側の主張へは「ほぼ反論済み」で「早期の判決」を優先

二関弁護士は、これまでの訴訟の流れを次のように振り返った。

二関弁護士:「前々回の口頭弁論(5月17日・第6回)の際、原告側が裁判所に対し、健康保険証の新規発行が停止される12月2日より前に判決をしてほしいと希望を述べた。

それに対し、裁判所が前回期日(6月28日・第7回)に、今回期日(9月19日・第8回)で結審する予定だと言ってくれて、国側に対し、最後の主張を出すように促した。それで、国側の準備書面が9月13日の夕方に提出された。

もし裁判所がそれに対する反論を促してきたら、応じなければならないと思っていたが、特にそういうこともなく、今日で結審し、11月28日に判決をしてもらえることになった。

我々は訴状の段階から、最高裁判例・調査官解説が示した判断枠組みに即した議論を組み立て、国側もそれに答える議論をしてきた。それを積み重ねてきている。

国側が最後に提出した準備書面は、繰り返しが多く、それらについてはすでに反論済みだ。

判決の期日を遅らせてまで反論を行う必要性は乏しいと判断した」

国側が提出した準備書面については、判決を遅らせてまで反論する必要性が低いと判断し、健康保険証の新規発行が停止される12月2日より前に判決が出ることを優先したという。

弁護団の喜田村洋一弁護士は、以下のように締めくくった。

喜田村弁護士:「オンライン資格確認の義務付けという重大な問題について、閣議決定、あるいは厚生労働大臣が決めることは、国民の議論を封殺するものだ。

国会の場で、国民の代表である衆議院議員、参議院議員がそれぞれの英知を持ち寄って議論して決めなければならない。

そのベーシックなやり方をとらず、大臣だけによって決めるのは異常だ」


喜田村洋一弁護士(東京都千代田区。弁護士JP編集部)

今後、他の「法的問題点」も「紛争化」する可能性

「マイナ保険証への一本化」に関する法的問題点として、本件訴訟で問われた「憲法41条違反」の他にも、学者や弁護士から、地方自治の侵害(憲法92条~95条参照)、必要な医療サービスを速やかに受ける「医療アクセス権」の侵害(憲法13条、25条参照)、情報プライバシー権・自己情報コントロール権の侵害(憲法13条参照)等の問題が指摘されている。

また、マイナンバーカードの取得は任意であるにもかかわらずマイナ保険証に一本化することは、国民皆保険の制度と矛盾するものとの指摘もなされている。

しかし、現時点で、国民がそれらの法的問題点について「訴訟」という形で争うことは認められていない。なぜなら、国民が訴訟を提起できるのは、原則として、自分自身の権利が制限・侵害され、または義務を課された場合に限られるからである。

もし、実際に12月から「マイナ保険証への一本化」が強行された場合、上述した法的問題点が、具体的な「法律上の争訟」として顕在化する可能性がある。それは国にとっても望ましい事態ではないと考えられる。

“国民不在”“現場不在”で「マイナ保険証の一本化」が推進されることの問題点

マイナ保険証への一本化については、法的問題点以外にも、冒頭に述べたように、業務の停滞、利便性やセキュリティ面の問題・課題が指摘されている。

折しも、本件口頭弁論期日と同じ9月19日に、全国保険医団体連合会(保団連)が「2024年5月以降のマイナトラブル調査」の中間集計結果を発表した。約1万の医療機関が回答し、その約7割が、5月以降にトラブルがあったとしている。

「資格情報の無効」「氏名・住所に『●』が出る」などのトラブルの状況は改善されておらず、保険証の廃止を「延期すべき」「保険証は残すべき」との回答が9割を超えている。

ところが、これに対し、河野デジタル担当大臣は同日の会見で、このようなトラブル調査は「百害あって一利なし」と断じた。

憲法が41条で立法権を国会に独占させている理由は、国民の権利・利益を守るためである。それは、マイナ保険証自体に対する賛否とは区別すべき問題と言える。

様々な面から問題が指摘され、実際に現場でトラブルが報告されており、その多くは現行の保険証を廃止せず残すことで解決する。

他方で、マイナ保険証を推進する立場の主要な論拠となっている「なりすまし」「不正使用」の問題については、それがどの程度行われているのかを裏付ける客観的データが乏しいうえ、マイナ保険証導入による防止効果は大きくないとの指摘もある。

にもかかわらず、政府が、国民代表機関である国会に諮らず、実務を担当する自治体職員や医療関係者、医療サービスを受ける患者等の声も聞かず「マイナ保険証への一本化」を進めようとしている現状が何を意味するのか。私たちは改めて考える必要があるだろう。