メガバンク勤務、28歳ワセジョの婚活が難航するワケ「彼氏はできても結婚できない…」

一流大学を出て、大企業で働いたり、専門職に就いたりするキャリアウーマンたち。

一見華やかに見える高学歴バリキャリ女子だけど、心の中では「仕事も恋も正直しんどい!」と叫んでいる。

青春をほぼ勉強に捧げ、“かわいく生きてこなかった”彼女たちの恋愛偏差値は、限りなく底辺。

その上男性に求めるレベルも高いが、プライドが高いハイスペ男とは、うまくいかないことが多い。

それでも、幸せを諦めない彼女たちの体当たり婚活戦記が、幕を開ける!

ワセジョの憂鬱/氷室 唯(28歳)【前編】



「人生における最大の悲劇は死ぬことではない。愛するのをやめることだ」

100年ほど前に、こんな言葉を発したサマセット・モームとかいう爺さんを、私は呪いたかった。わざわざ名言にされなくても、今の私が置かれている状況は、悲劇としか表現しようがない。

あいにく今は令和の東京で、私は恵比寿にある粋な蕎麦店『松玄』にいる。そして、目の前には別れ話をしている外銀勤めのイケメン、礼央が座っている。

「唯といても、なんだか落ち着かないんだよな。まあ、結論から言うと、友達に戻ろうよ」

結論から言うと…。私は、また“婚活”というゲームに負けたわけだ。

そもそも、礼央とは友達だった時期がないから、友達に戻るなんて関係は存在しない。

彼とは、半年前にマッチングアプリで出会い、逢瀬を重ねた。銀座のバーに行ったり、夜のお台場をドライブしたり、東京らしいデートを一通りして、付き合うことになった。

ハイスペックでイケメンの彼は、結婚相手としても申し分ない。

私の中では、ひそかにウエディングベルも鳴っていた。

それなのに…。



「『唯はメガバンクで、俺は外銀。マネーリテラシーが最強夫婦になるな』って言ったのは誰?」

「昔の僕だ。確かに唯と過ごした時間は楽しかったよ。それを恋愛感情だと勘違いしてた。でも、気付いたんだ。どちらかというと、友達と一緒にいて楽しい気持ちと同じだって」

「へえ、礼央の優秀なお友達と同じってこと?それは光栄ね」

「……唯は高校ではソフトボールで全国大会まで行って、現役でワセ法だろ。文武両道でお酒好き、上司としては最高だ。部下としても悪くない」

「でも私には色気がない。パートナーとしては失格。そう言いたいってことかな」

「その変に頭が回って先回りするところも嫌なんだよ。とにかく、お会計してくるから」

その場から逃げ出すように、礼央は立ち上がり、レジへ向かう。

私は目の前にあるグラスを見つめた。蕎麦焼酎が少し残っている。すっきりしていて、水のように飲みやすい。それをすべて飲み干した。これですっかりおしまいになったのだ。

― 人生初のペアリング。欲しかったな…。

帰りの電車で揺られながら、スマホでジュエリーショップの来店予約をキャンセルする。本当なら今日はホテルに泊まり、翌朝にはふたりでペアリングを選んでいるはずだった。そのために、明日は有休を取得していた。

しかし現実は、銀行の女子寮に向かう山手線に乗っている。明日は有休をキャンセルして、また支店に向かう山手線にいるはずだ。

『高学歴女子は、いい男と結婚したいなら、大学時代の間に見つけておけ』と世間で言われているのは知っている。

でも、当時の私はそんな話を信じていなかった。

学生時代は、周りにいわゆるハイスペの卵であろう男子はたくさんいたし、彼らとは楽しく過ごしていた。

だから、これまでどおり運動や勉強、仕事を頑張っていれば恋愛もうまくいくと思っていた…。

でも気付いたら、周りの男子は、私よりも学歴も低く、勉強や仕事をそこまで頑張っていない子とどんどん結婚していく。

― いい大学に入る方法は、塾で教わったけど、いい男を捕まえる方法も教えてほしかったな…。

これまでの私のアイデンティティーが否定された気分だ。

私は礼央のSNSやLINEをすべて削除した。元々SNSはあまり見ていなかったし、もう見ることもないだろう。これで悲劇は終わった。そう思っていた。

しかし、これは悲劇の序章にすぎなかったのだ。

翌朝、出勤してロッカー室にいると後ろから声をかけられた。

「氷室さん、おはようございまぁす」

振り向くと、綺麗に巻かれた巻き毛とバッチリメイクの女子が立っている。彼女は藤堂カンナ、同じ部署にいる一般職員で、まだ23歳の新人だ。

「うわ、氷室さんすごい疲れてますか?」

触れてほしくないところを指摘されて、胃が痛くなった。

「実は昨日、彼氏に振られたんだよね」

「あ、だから有休なのに出社してるんですね!氷室さん、素材は悪くないんだから、もっと女性らしい格好にしたらどうですか?黒髪ロングに、いつも黒のパンツスーツだと銀行員っていうよりまるで葬儀屋さんっていうかぁ」

「そんなこという?で、その手に持っている紙は何?」

「実は私、結婚するんです!これ結婚式の2次会の招待状です」

このタイミングで報告する藤堂のことが嫌いになりそうだったが、とびきりの笑顔を作って声を出した。

「そう。おめでとう!」

「顔引きつってますけど、大丈夫ですかぁ?彼はいいとこのお坊ちゃんだし、大企業で働いてるから、来ればハイスペ男性と出会えますよ」

その日は予定はないが、誰かの幸せを素直に祝える気分には到底なれない。

私は招待状を仕方なくデスクへ持っていき、引き出しの中に押し込んだ。

仕事をする数少ないメリットは、その間は嫌な出来事を忘れられることだ。18時になるまで、私は不愉快な招待状について頭から抹殺できていた。

しかし、それは長くは続いてくれなかった。

「お先に失礼します……あ。そういえば氷室さん、藤堂の結婚式の2次会行きますか?」

退勤間際に話しかけてきたのは、同じ課で働く、部下の一ノ瀬東也(とうや)。入行2年目の若手で、かわいい顔をした青年だ。爽やかな一面と優しさを持ち合わせている、支店で人気の慶應ボーイだった。

「どうして?」

「婚活してる女性に配ってるみたいだから。あの子は東大のサッカーサークルでマネジャーしてたから、優良株がたくさん来るんじゃないですかね」

「なんで女子大出身の彼女が東大でマネジャーなんてやってたの?」

「東大のサークルって、女子は東大生NGのところが多いんです。慶應にもありましたよ」

「あぁ、早稲田にもあったわ。他の大学の女子がやけに多い、インカレサークルが」

「そういうことですよ」

そう。つまり、そういうことなのだ。私は運動を頑張って、勉強もして、仕事も一生懸命やってきた。でも、どうやら私が今まで評価してきたものと、男から評価されるものは、まったく違っているらしい。

― でも、本当にそんなことあるか?この目の前にいる男子は、違うかもしれない……。

「ねえ、一ノ瀬」

「何ですか?」

「今から飲みに行かない?」

「え!?ふたりでですか?」

私がうなずくと、彼は目を見開いた。こげ茶色で、澄んだ瞳をしている。こんな綺麗な目の持ち主が、薄汚れた価値観に染まっているはずがない。そう思いたかった。

「うーん。今日はちょっと難しいですね」

「他に予定があるの?」

「です。今日は新卒の女の子たちが、丸の内本部で研修してるんで」

今度は私が驚く番だった。

「本部の同期が飲み会を組んでくれるかもしれなくて。僕、年下が好みなんですよね」

「…へえ」

「氷室さんがあと10歳くらい若かったら、狙ってたかもしれませんよ」

「うるさいな!」

「はは。じゃ、お先です!」

彼の小さくなっていくネイビーのスーツを見送った。

どうやら婚活というゲームで私には、学歴、職歴、見た目に加えて“年齢”という、不利な条件があるらしい。そう気付き、引き出しから、あの忌々しい紙を引っ張り出した。

― ……行ってみるか。

結婚式は1ヶ月後、大安の土曜日。婚活のルールが変わらないなら、自分が変わるしかない。

― まだ間に合うよね。

私は意を決して、ヘアサロンへ予約の電話をすることにした。



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