Yuichi Yamazaki / pool photo via AP
自民党総裁選で逆転勝利を収め、第102代内閣総理大臣となった石破茂氏だが、安全保障の世界ではすでに大きな議論が浮上している。石破氏は9月27日付で米シンクタンク「ハドソン研究所」のホームページへ寄稿し、その中で急速に核戦力を強化する中国、核技術を中心に軍事協力を深めるロシアと北朝鮮に懸念を示し、中ロ朝に対抗する抑止力を確保する手段としてアジア版NATO(北大西洋条約機構)の創設を提唱した。
しかし、現時点でそれがどういったものかは不明な点が多く、専門家の間でもさまざまな見解が示されている。ここでは、それがどういったものか探ってみたい。
◆アジア版NATOとは
石破氏が提唱するアジア版NATOとは、具体的にはアメリカを中心に、日本や韓国、オーストラリア、ニュージーランド、フィリピンなどが加盟国となり、加盟国間で相互防衛体制を敷き、中国や北朝鮮、ロシアなどを念頭に置くものと考えられる。
本場のNATOは1949年4月に発足した相互防衛を前提とする多国間軍事同盟で、現在の加盟国は32ヶ国となる。近年ではロシアによるウクライナ侵攻により、ロシアへの警戒感を強めたフィンランドとスウェーデンが加盟手続きを一斉に進め、フィンランドが2023年4月、スウェーデンが2024年3月にそれぞれ加盟を果たした。NATO条約はその第5条で、加盟国1国に対する攻撃を全加盟国への攻撃とみなし、侵略国家へ反撃などの対応をとる集団的自衛権の行使を明記しているが、これがアジア版NATOを考える際の重要なポイントになる。
◆アジア版NATOの課題1 相互防衛
上述のとおり、NATOは集団防衛体制で、集団的自衛権を行使できることを前提とする。しかし、日本は集団的自衛権を極めて限定的に解釈しており、他国のように制限なく集団的自衛権を行使できるわけではない。そのようななか、日本がアジア版NATOに参加したとしても、他国にとって普通の集団的自衛権を行使できないということになれば、そもそも相互防衛を前提とする枠組みの根幹に触れることになり、発足当初から組織の脆弱性が露呈されることになるだろう。
たとえば、日本が攻撃を受けた際にアジア版NATOに参加する国々が集団的自衛権を行使したにもかかわらず、朝鮮半島有事の際に自衛隊が同等のことができないとなれば、そもそもアジア版NATOとは言い難い。ちなみに、日本による植民地時代を経験した韓国では、「日本の軍隊」が国内で活動をするという時点で大きな反発が生じることが想定される。
◆アジア版NATOの課題2 安全保障上のジレンマ
また、安全保障上のジレンマも懸念される。石破氏は中ロ朝に対抗する抑止力を確保する手段としてアジア版NATOの創設を提唱したが、それが中国に対する抑止力になるかは分からない。場合によって、中国はアジア版NATOに対抗するためにさらなる軍拡を押し進めるだけでなく、上海協力機構(SCO)のようにアメリカ陣営に対抗する形で多国間による連携を強化し、結果として東アジアで軍事的緊張だけが高まり、陣営の分断化がいっそう進む恐れがある。アジア版NATOの創設は安全保障上のジレンマを加速させる可能性がある。
このように考えると、アジア版NATOの必要性が理解できないわけではないが、その実現には多くの課題があると言える。