「まだ、会って2回目なのに…」29歳女の家に呼ばれた男が、お願いされた意外なこと

◆前回までのあらすじ

アパレル関連の会社を経営する翔馬(32)は、モテるが本命の彼女がなかなかできない。そろそろ本気で恋愛したいという思いもあり、飲食店オーナー秋山主催の食事会に参加した。そこで出会った香澄(31)とデートした後、犬の散歩中のミナに偶然出会い…。

▶前回:初デートで意外なお願いする31歳女。なんとしても、ハイスペ男子を射止めたい彼女の作戦とは

Vol.4 ミナの正体



「翔馬さん、ごめんなさい。変なお願いしちゃって」

香澄とのデート後、俺はコムギを散歩中のミナに出会った。そして、彼女に促され、南麻布の彼女のマンションに来ている。

「ううん。むしろありがたいよ。ロビーで待っていればいいのかな?」

「はい。すぐに戻ります」

ミナは、コムギを抱っこしてエレベーターに乗り自分の部屋に向かった。

エントランス止まりではあるものの、食事会で出会ったばかりの男に家バレしても平気なのだろうか。

ミナは、警戒心がなさすぎるのか、もしくは俺のことを信用してくれているのか…。

― いや、後者はないな。

調子に乗りそうになったので、俺は思考を停止させた。

「翔馬さん!お待たせしました」

エレベーターの方からミナの声がした。

「これは、原材料はエンドウ豆で甘味料は使ってないの。味は、ココアとバナナとプレーンだったかな…結構美味しいみたいですよ!って、私もまだ飲んでないんですけど」

ミナが俺を家に連れてきたのは、間違えて大量購入してしまったプロテインをもらってほしい、というのが理由だった。

確かに食品は返品不可なことが多いし、賞味期限もあるから俺でも同じことをするとは思うが、この展開は予想外すぎた。

「ありがとう。本当にお金払わなくていいの?」

「もちろん。もらってくれるだけで十分」

俺は、ズッシリとした紙袋を受け取る。

「重いですよね?」

「いやいや、大丈夫。これでもジムで鍛えてるし。それに、困っている人を放っておけないんだよね。ENFJだから」

「……?」

最近、血液型を聞かれるよりもMBTIを聞かれることが増えたので、覚えたての4文字のアルファベットを披露したのだが、ミナはキョトンとしている。

「あぁ、MBITか」

「ちがう。MBTIね。ちなみにミナちゃんは?」

「私は、なんだっけ…提唱者?だったかなぁ。“集団行動が苦手”だそうです。ちなみに当たってます」

「ってことは“集団”で嫌な思いをしたことがあるとか?」

俺が聞くと、ミナはハッとした表情をした。何か、話したくないことなのだろうか。

「ごめんね。答えたくなければ、全然いいよ」

「…答えられます」

一呼吸おいてから、ミナは話し始めた。

「私、アイドル活動をしてたんです。専門学校を卒業してから、えっと…3年?4年?最後の方は本当に楽しくなかったからか、そのへん曖昧なんですよね」

「え?アイドル…!?歌って踊ってた、ってこと?」

予想外の回答に思わず大きな声が出てしまったが、ミナはコクンと頷いた。

「すごいね!ミナちゃんならファンがたくさんいただろうに…」

本名でやっていたのだろうか。今すぐスマホで検索したい衝動に駆られたが、とりあえずやめておく。

「辞めた理由は、グループ行動が苦手だったことだけ?」



立ち話で済ませていい内容ではないと頭ではわかっていながらも、気になって聞いてしまう。

この前の食事会では得られなかった情報だし、特殊な職業経験がある人間の経歴には、純粋に興味がある。

しかも、それが歌手という尊敬に値する才能ならなおさらだ。

「ほぼそれですね。やりたい系統の音楽があっても、その意志をメンバーやスタッフに伝えられなかった。今回の曲はなんか違うな…って思っても、意見を言えなかったんですよ、私」

ミナの顔から笑顔が消える。

「なるほど。波風を立てるよりも、調和を大事にしようって思っちゃうよね」

俺は、プロテインの入った紙袋を右手から左手に持ち変える。重いのだ。

「翔馬さんにそう言ってもらえると、救われます」

「ならよかった…それで、今も音楽は続けているの?」

「はい。ソロで活動しているんですけど、なかなかうまくいかなくて…そんなとき、秋山さんが歌う場所を提供してくれました。ナンパされたのは本当ですけど、ボーカリストとして、なんです」

― そういうことだったのか…。

俺は、秋山に会った日のことを思い出した。他人の会話を盗み聞きし、お節介を焼くのが得意な秋山だ。その場面も容易に想像できる。

飲食店オーナーだから、レストランやバーなどでミナを歌わせているのだろう。

ただ、その収入だけで南麻布に住めるのだろうか。

― もしかして、そっちの援助も受けてる…?

余計なことを考えそうになってしまったのと、プロテインが重くて限界だったので、一か八か、俺はミナを飲みに誘ってみた。

「ミナちゃんの話もっと聞きたいから、よかったらこれから一杯飲みに行かない?お酒が嫌だったら、コーヒーでも」

「ごめんなさい。これから行く所があって…」

「そっか。じゃあ、また今度」

俺が言うと、ミナも残念そうな表情をしてくれた。

Apple Watchは22時半を指している。この時間から仕事なのだろうか。

― 大変だな…。

ミナが元アイドルだったと知って、彼女に湧いた興味。

これが好意なのかは、自分でもわからなかった。

「ミナちゃん!好きなことを続けているのは、本当に素敵なことだし、それを仕事にできてる人は実は少ないからすごいことだよ。話してくれてありがとう」

俺は、別れ際にとてつもなくクサすぎることを言い放ち、ミナのマンションを後にした。

しばらく歩き麻布十番の商店街に出ると、元太から電話がかかってきた。

「やっと繋がった〜!翔馬、グルラ見てないだろ?」

「ぐるら…?」

「グループLINE!この前の食事会の」

「あぁ。見てないけど、どうした?」

元太には香澄とデートしたことは言っていない。

食事会で、元太は香澄のことを気に入っていたし、いちいち事前報告するのも面倒だったからだ。

そもそも元太には彼女がいるのだから、気を使う必要もないのだが。

「やっぱり〜。せっかく玲ちゃんが飲みに行こうって言ってくれてるのに、俺しか反応してなくて」

「あ〜〜そう」

― 香澄は今ごろ酔い潰れて寝てるだろうし、ミナも用事があるって言ってたからな。

元太に「とにかく今すぐ来い」と言われ、渋々指定された麻布十番の居酒屋へ向かう。

今いる場所からかなり近かったことと、何度か行ったことのある店だったので了承したのだが…。

俺はこの判断を、大後悔することになるのだった。

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▶1話目はこちら:「LINE交換しませんか?」麻布十番の鮨店で思わぬ出会いが…

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元太に呼ばれた店で玲は…