◆前回までのあらすじ
アパレル関連の会社を経営する翔馬(32)は、モテるが本命の彼女がなかなかできない。そろそろ本気で恋愛したいという思いもあり、飲食店オーナー秋山主催の食事会に参加した。そこで出会った香澄(31)とデートした後、犬の散歩中のミナに偶然出会い…。
▶前回:初デートで意外なお願いする31歳女。なんとしても、ハイスペ男子を射止めたい彼女の作戦とは
Vol.4 ミナの正体
「翔馬さん、ごめんなさい。変なお願いしちゃって」
香澄とのデート後、俺はコムギを散歩中のミナに出会った。そして、彼女に促され、南麻布の彼女のマンションに来ている。
「ううん。むしろありがたいよ。ロビーで待っていればいいのかな?」
「はい。すぐに戻ります」
ミナは、コムギを抱っこしてエレベーターに乗り自分の部屋に向かった。
エントランス止まりではあるものの、食事会で出会ったばかりの男に家バレしても平気なのだろうか。
ミナは、警戒心がなさすぎるのか、もしくは俺のことを信用してくれているのか…。
― いや、後者はないな。
調子に乗りそうになったので、俺は思考を停止させた。
「翔馬さん!お待たせしました」
エレベーターの方からミナの声がした。
「これは、原材料はエンドウ豆で甘味料は使ってないの。味は、ココアとバナナとプレーンだったかな…結構美味しいみたいですよ!って、私もまだ飲んでないんですけど」
ミナが俺を家に連れてきたのは、間違えて大量購入してしまったプロテインをもらってほしい、というのが理由だった。
確かに食品は返品不可なことが多いし、賞味期限もあるから俺でも同じことをするとは思うが、この展開は予想外すぎた。
「ありがとう。本当にお金払わなくていいの?」
「もちろん。もらってくれるだけで十分」
俺は、ズッシリとした紙袋を受け取る。
「重いですよね?」
「いやいや、大丈夫。これでもジムで鍛えてるし。それに、困っている人を放っておけないんだよね。ENFJだから」
「……?」
最近、血液型を聞かれるよりもMBTIを聞かれることが増えたので、覚えたての4文字のアルファベットを披露したのだが、ミナはキョトンとしている。
「あぁ、MBITか」
「ちがう。MBTIね。ちなみにミナちゃんは?」
「私は、なんだっけ…提唱者?だったかなぁ。“集団行動が苦手”だそうです。ちなみに当たってます」
「ってことは“集団”で嫌な思いをしたことがあるとか?」
俺が聞くと、ミナはハッとした表情をした。何か、話したくないことなのだろうか。
「ごめんね。答えたくなければ、全然いいよ」
「…答えられます」
一呼吸おいてから、ミナは話し始めた。
「私、アイドル活動をしてたんです。専門学校を卒業してから、えっと…3年?4年?最後の方は本当に楽しくなかったからか、そのへん曖昧なんですよね」
「え?アイドル…!?歌って踊ってた、ってこと?」
予想外の回答に思わず大きな声が出てしまったが、ミナはコクンと頷いた。
「すごいね!ミナちゃんならファンがたくさんいただろうに…」
本名でやっていたのだろうか。今すぐスマホで検索したい衝動に駆られたが、とりあえずやめておく。
「辞めた理由は、グループ行動が苦手だったことだけ?」
立ち話で済ませていい内容ではないと頭ではわかっていながらも、気になって聞いてしまう。
この前の食事会では得られなかった情報だし、特殊な職業経験がある人間の経歴には、純粋に興味がある。
しかも、それが歌手という尊敬に値する才能ならなおさらだ。
「ほぼそれですね。やりたい系統の音楽があっても、その意志をメンバーやスタッフに伝えられなかった。今回の曲はなんか違うな…って思っても、意見を言えなかったんですよ、私」
ミナの顔から笑顔が消える。
「なるほど。波風を立てるよりも、調和を大事にしようって思っちゃうよね」
俺は、プロテインの入った紙袋を右手から左手に持ち変える。重いのだ。
「翔馬さんにそう言ってもらえると、救われます」
「ならよかった…それで、今も音楽は続けているの?」
「はい。ソロで活動しているんですけど、なかなかうまくいかなくて…そんなとき、秋山さんが歌う場所を提供してくれました。ナンパされたのは本当ですけど、ボーカリストとして、なんです」
― そういうことだったのか…。
俺は、秋山に会った日のことを思い出した。他人の会話を盗み聞きし、お節介を焼くのが得意な秋山だ。その場面も容易に想像できる。
飲食店オーナーだから、レストランやバーなどでミナを歌わせているのだろう。
ただ、その収入だけで南麻布に住めるのだろうか。
― もしかして、そっちの援助も受けてる…?
余計なことを考えそうになってしまったのと、プロテインが重くて限界だったので、一か八か、俺はミナを飲みに誘ってみた。
「ミナちゃんの話もっと聞きたいから、よかったらこれから一杯飲みに行かない?お酒が嫌だったら、コーヒーでも」
「ごめんなさい。これから行く所があって…」
「そっか。じゃあ、また今度」
俺が言うと、ミナも残念そうな表情をしてくれた。
Apple Watchは22時半を指している。この時間から仕事なのだろうか。
― 大変だな…。
ミナが元アイドルだったと知って、彼女に湧いた興味。
これが好意なのかは、自分でもわからなかった。
「ミナちゃん!好きなことを続けているのは、本当に素敵なことだし、それを仕事にできてる人は実は少ないからすごいことだよ。話してくれてありがとう」
俺は、別れ際にとてつもなくクサすぎることを言い放ち、ミナのマンションを後にした。
しばらく歩き麻布十番の商店街に出ると、元太から電話がかかってきた。
「やっと繋がった〜!翔馬、グルラ見てないだろ?」
「ぐるら…?」
「グループLINE!この前の食事会の」
「あぁ。見てないけど、どうした?」
元太には香澄とデートしたことは言っていない。
食事会で、元太は香澄のことを気に入っていたし、いちいち事前報告するのも面倒だったからだ。
そもそも元太には彼女がいるのだから、気を使う必要もないのだが。
「やっぱり〜。せっかく玲ちゃんが飲みに行こうって言ってくれてるのに、俺しか反応してなくて」
「あ〜〜そう」
― 香澄は今ごろ酔い潰れて寝てるだろうし、ミナも用事があるって言ってたからな。
元太に「とにかく今すぐ来い」と言われ、渋々指定された麻布十番の居酒屋へ向かう。
今いる場所からかなり近かったことと、何度か行ったことのある店だったので了承したのだが…。
俺はこの判断を、大後悔することになるのだった。
▶前回:初デートで意外なお願いする31歳女。なんとしても、ハイスペ男子を射止めたい彼女の作戦とは
▶1話目はこちら:「LINE交換しませんか?」麻布十番の鮨店で思わぬ出会いが…
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元太に呼ばれた店で玲は…