名古屋中1いじめ自殺事件「なんですか、これは?」個人情報“誤廃棄”に遺族が怒り…国所管の独立行政法人で人為的ミス

2018年1月5日、名古屋市名東区の中学1年生、齋藤華子さん(享年13)が学校でのいじめなどを理由に自宅マンションから飛び降り亡くなった事件で、「災害共済給付」の申請先である独立行政法人「日本スポーツ振興センター(JSC)」が、保存期間内である華子さんの個人情報を誤って廃棄していたことが分かった。

今年7月下旬、遺族のもとにJSCから謝罪の手紙が届いたことで事態が明らかになった。破棄された個人情報は、華子さんを含む125人分で、JSCは再発防止に乗り出している。

廃棄4月に判明、JSC「重大な案件だと認識」

スポーツ庁とこども家庭庁が所管するJSCの「災害共済給付制度」は、学校管理下での児童生徒等の災害(負傷、疾病、障害、死亡)に対し、医療費や障害見舞金、死亡見舞金の支給が行われるもの。学校の授業中、部活中、休憩時間中、通学中の災害に対して支給される。また、いじめや体罰、不適切な指導でのケガや死亡も対象になる。自殺の場合、場所は学校内に限定されない。

災害共済給付に関する文書は、「公文書等の管理に関する法律」や内規によって、3年間の保存が義務付けられている。しかし、JSC内部のミスによって2年で破棄されたという。なお、破棄されたのは1年度分だ。

「災害共済給付の申請は、死亡事案もあれば、学校で起きた事故での障害事案もあります。(破棄されたのは)すべてが死亡事案ではありません。保存年限は、申請のあった年度末の3月31日から3年が保存期間になります。滅失したのは21年度の申請分です。給付判断に直接影響はありません」(JSC広報担当者)

影響があるとすれば、個人情報の開示請求があった場合だといい、すでに破棄されているため「不存在」として扱われる可能性があると説明する。

「滅失したことは4月にわかっていました。原因は人為的なミスですが、具体的にどのような経緯かはまだわかっていません。ただ、重大な案件だとの認識はあり、再発防止を進めています。具体的には、ダブルチェックをするようにします。また、現在は紙ベースで保管していますが、ペーパーレス化を進めています。そうなれば、人為的なミスの可能性は減ります」(同担当者)

遺族「廃棄が大問題なのに、JSCは漏洩していないことを強調」

華子さんの遺族は、2019年度に災害共済給付を申請した(21年に市によっていじめと自殺の関連性が認められ再請求)。申請書類には、華子さんが入部したソフトテニス部内での人間関係(いじめ)や、肉体的、精神的な疲労状態についてなどが書かれていた。

しかし、今年7月、父親の信太郎さんのもとにJSCから手紙が届いた。

「家に帰ったら封筒が1枚ありました。なんだろうと開けてみると、『個人情報の滅失について(お詫び)』というもので、内容は十数行でした。『個人情報の漏洩はしていないから安心してください』『再発防止に努めます』とありました。それだけです。なんですか、これは? と思いました」(信太郎さん)

信太郎さんはすぐにJSCに電話。

「『個人情報は漏洩してない』と何回も言われるため、『その担保どうやって取るんですか?』と聞くと、『係員が最終の廃棄までついていた。だから漏洩していない。第三者が見る機会はなかった』というのです。そもそもなんでこんなことになったのか聞くと、『本来は複数人でやる作業ですが、今回は忙しいとかスケジュールの調整がつかずに1人でやった。そしたらこうなりました』というのです」

保存期間内に個人情報を破棄したとなると内規違反になるが、担当者は処分されていない。また、JSCのホームページには、手紙にあった『個人情報の滅失について(お詫び)』という文言は見当たらず、現時点で廃棄について公表はしていない。

「公表は考えていないようです。そもそも廃棄が大問題なのに、漏洩していないことを強調していて、危機感のなさにイライラしました。話がかみ合わなかったです。行政のガバナンスはどうなっているんでしょうか」(信太郎さん)

娘が亡くなって1年間「災害共済給付を知らなかった」

実は、JSCの災害共済給付をめぐっては、申請時にも納得いかないことがあったと信太郎さんは話す。

「そもそもJSCの災害共済給付があることを知ったのが、娘が亡くなって1年後です。私たち遺族は弁護士が見つかるまでの1年間は自分たちだけでやっていました。学校や市教委との交渉などが自分たちだけではどうしようもなくなり弁護士を探していました。なかなか見つからなかったのですが、ようやく今の弁護士に出会いました。

弁護士が見つかれば、着手金が必要になります。しかし、私は娘のことがあって仕事を休職していましたし、金銭的に苦しかった。そのことを率直に弁護士に話しました。すると、『給付金、支払われているでしょ?』と言われました。そのとき、初めてJSCのことを知りました。学校からは何も聞いていませんでした」

信太郎さんが学校に電話すると、「そろそろお父さんにお知らせしようと思っていたんです。ただ、華子さんの件は、学校の管理外で申請しても通らないので説明してこなかった」と言われたという。

「給付が支払われるかどうかは学校が決めることじゃないはずです」(信太郎さん)

華子さんが亡くなった1月5日は冬休み中。華子さんはソフトテニス部の合宿に行く予定だった。

ソフトテニス部の合宿は、学校の部活動ではなく、教師個人が行っているものという位置付けだった。そのために、学校は「学校管理外」と言ったのだろう。

しかし、自殺の原因にいじめが関係していた場合、自殺日に関係なく、学校事件として扱われ、災害共済給付の対象になり得る。学校側の安全配慮義務や予見可能性の有無は、民事訴訟と違って関係がない。

名古屋市側が和解案の受け入れ拒否

ちなみに、信太郎さんら遺族は学校が安全配慮義務に違反したとして、名古屋市に対し、1540万円の損害賠償を求める訴えを名古屋地方裁判所に起こした(2022年7月19日)。しかし、2024年3月19日、名古屋地裁は「(学校が)いじめを具体的に認識することができたと言えず、安全配慮義務に違反したとは言えない」などとして、原告の主張を退けた。

信太郎さんらは控訴。現在は、和解協議が行われているというが、被告側は和解案の受け入れを拒否しているという。

「名古屋市や、教育委員会、学校は、とにかく和解したくないのでしょうね。私は(責任を認め、謝罪してほしいため)賠償請求(権)を放棄しているので、お金の問題ではないことは市側もわかっていると思います。でも、和解した場合、過去(に同市で起きた他のいじめ自殺事件) の件も蒸し返されると思っているのではないでしょうか」