焼肉店の倒産・廃業に歯止めがかけられず、過去最多を更新中である。輸入食肉だけではなく、野菜、コメ、人件費、水光熱費などの高騰で、コロナ収束後も客足の戻りが悪く、資金繰りに困窮する焼肉店は閉業待ったなしの状態だ。
帝国データバンク10月2日の発表によると、焼肉店の倒産が年間最多を更新した。2024年に発生した焼肉店の倒産(負債1000万円以上、法的整理)は、9月までに計39件となった。個人の小規模店の廃業を含めれば、実際はより多くの焼肉店が市場から退出したとみられる。
焼肉店を巡る2024年の経営環境は、極めて厳しいという現実が如実に数字に表れている。物価高騰であらゆる費用の負担が大きくなる中、賃金の上昇が追いつかず、節約志向のお客さんの懐事情から値上げが難しい個人店も多く、今後も倒産・廃業がさらに増えそうだ。
◆値上げできる店とできない店が2極化
若者や家族向けに焼肉食べ放題を提供する「牛角」(レインズインターナショナル)や「焼肉きんぐ」(物語コーポレーション)などは、内容を充実させながら適切な価格対応で店舗数を拡大している一方で、物価高騰の最中でも客足への影響を考え、値上げを躊躇する個人店も多い。
筆者が以前、焼肉店を経営していた時と今は、店を取り巻く環境(仕入れ・顧客・競争)が大きく変わっており、労働環境にも逆風が吹いている。以前は、食肉の調達費用や物流費も安く、しかも安定的に入荷できていた。原価35%、人件費20%、業務費10%、管理費15%、営業利益率20%と持続的に経営は安定していた。
ムリしてランチを営業することもなく、ディナーに集中して効率的な経営をしていた。そもそも、ディナーだけで採算が取れている焼肉店なら、それで十分ではなかろうか。無理して昼に営業するより、限りある経営資源をディナーに集中させたほうが経営効率も高く、従業員にもゆとりが出てきて、顧客サービスの質的向上が期待できるはずだ。
◆ランチ営業せざるを得ない事情
しかし、今は少しでも資金繰りを楽にするためにランチ営業する店が増えている。確かに、①売上が向上する、②食材の有効活用ができる(ディナー時の余りや端材を有効活用して食材ロスが削減)、③ディナーへの広告宣伝費になる、④現金払いが多いので資金繰りが助かるなどのメリットはある。しかし、人材不足が深刻な中、ディナーだけで経営できたほうが楽なはずだ。
しかし、現実として焼肉店は平日と週末の繁閑差が激しく曜日指数にばらつきがある。平日は閑散としており、店の前を通行する客からすれば、「この店大丈夫か」「お客さんが回転しないから肉の鮮度が悪いのでは」という負のイメージを勝手に持たれてしまうのだ。
昔の焼肉店は生レバーやユッケもあり、客単価が面白いように上がった。特に見栄張りやその場の勢いで散財するお客はたくさんお金を使ってくれて、店は潤ったものだ。しかし今となっては、そういう景気のいい時が懐かしい。
◆コスト上昇に苦しむ焼肉店の動向
焼肉店は出店コストが高く、初期投資の高さが重荷だ。加えて、初期投資額だけでなく、落ち着きかけているが、円安の影響で米国や豪州産などの輸入牛肉・豚肉価格の高騰、電気・ガス代、人件費、物流費など運営コストの上昇も重なっている。
物価高騰による消費者の「値上げ疲れ」もあり、店側は価格弾力性を考えながら値上げのタイミングを検討している。こうした経営環境の悪化で、小規模な焼肉店などでは厳しい価格競争に耐え切れなくなっている。物価高での節約志向も重なり、外食に「特別感」を求める余裕がなく、その機会も減ってきている。
焼肉の市場規模は、店舗数2万2000店、年商約1兆2000億円(2020年、日本フードサービス協会)と推計されている。焼肉は昔から絶対的な存在感があり、ハレの場によく使われる。お祝いで連れて行って欲しい店ランキングでは常に上位だ。
コロナ禍での外出制限では、焼肉はテーブルごとに吸気ダクトが備えられた店内設備が「換気がいい=3密回避」とのイメージが定着して安心できる外食であると評価された。そこに、低迷していた居酒屋などからの業態転換も多く、今となっては店が増えすぎたことによる、オーバーストア状態も経営不振の原因である。これまでの食肉価格の高騰・競争激化・値上げが困難の三重苦で、焼肉店の経営環境は厳しさが続くとみられる。
◆時代の変化に対応してきた焼肉の歴史
焼肉は高いものというイメージが定着していたが、1990年代、焼肉のファミレス化が進展して拡大した。筆者もその頃、焼肉業界に属しており、現場と本部からその勢いを目の当たりにした。
焼肉は老若男女問わず人気で、ここ最近は元気な肉食シニアが増えており頼もしい限りである。贅沢な食事だった焼肉が1991年の牛肉の輸入自由化をきっかけに、安く食べられるようになった。今となっては当たり前にある焼肉食べ放題も、仕入れ原価が低くなったから可能になった商品であり、食べ放題文化を30年以上にわたり浸透させてきたのである。
2001年9月に発生した国内でのBSE問題、さらには2003年の米国産牛肉のBSE問題の表面化、2011年には5人が死亡した焼肉チェーンの集団食中毒事件で、定番である生レバーやユッケが販売禁止になり、お店で食べる魅力が欠けてしまった。
人気は根強くあり、徐々に復活はしてきたが、昔ほどに回復はしていない。そういった中、お客さんの知識が豊富になり、店を選択する目が厳しくなってきた。店の思惑通り、一方的に儲けられなくなり、品質と価格のリーズナブルさなどで競争力のない店は淘汰される結果になった。
◆大手焼肉チェーンは知恵を絞る
食べ放題を中心に多店舗展開する大手は、干ばつなど供給要因や為替要因から輸入肉(牛豚)の仕入れ額の上昇に頭を悩ませている。食べ放題を実施する店は輸入牛を使用するのが通常だ。以前は、牛肉だけの注文が集中すると原価的に厳しいから、豚肉にシフトさせるようメニューを工夫していたが、その豚肉さえも高騰中だ。
お店からすると麺飯類を食べて早くお腹を膨らましてほしいが、「それは別腹」「焼肉だから肉を食べねば」という客も多く、そう簡単に店の思惑通りにいかない。最近は、ご飯の仕入れ値も上がって深刻だ。肉類の高騰からしたら影響度は小さいかもしれないが、焼肉には白米がよく合うから店にしては困った問題だ。
ということで、大手焼肉チェーンの戦略は、肉以外の低原価の一品メニューも食べ放題にして魅力度を高めつつ、原価率の高い肉の追加量を抑え、原価を圧迫させずお腹を満たしてもらうというものである。お客さんも色々と食べられ、店側も原価低減に繋がる。双方が満足できる食べ放題だ。
◆人件費の抑制にも限度がある
一般的に外食店は、FL(原価・人件費)コストの管理が重要で60%以内に抑制しないといけない。そもそも焼肉は、調理のメインである「焼く」をお客さんに任せることと、一品メニューを簡単メニューにすることで、職人の必要がなく、コックレスの仕組みを確立して人件費を抑制できる特性がある。
職人の高い給料が不必要な分を原価に充当しているから、焼肉食べ放題などは費用構造的に成り立っているものだ。しかし、アルバイトを中心に運営する外食店においても、そのアルバイトは完全な変動費ではないため、あまり削りすぎると定着せず、常に新人で運営すると大きなムダが発生する。
そのため、店への忠誠度を高めて運営力を強化させる人の管理が重要だ。「企業は人なり」はどんな業種業態でも共通した課題である。
◆絶対的なファンに支えられた個人店も
筆者がコンサルタントとして経営支援に携わっている「焼肉一盛」。元気な女性店主が、大阪の今里で「地域一番の焼肉店」を目指して頑張っている。来店客の7割は常連様であり、顧客基盤は盤石となっており業績は安定している。
また入れ替わりの激しい飲食店には珍しく、重要な人材の定着率も高い。そのおかげで熟練調理師による提供価値の高い商品、絶妙にマッチするタレ、フレンドリーな接客などで、満足度は高い。遠方からの来店が多いのが、その価値を物語っている。
以前、道路を挟んだ向かいに有名チェーン店がオープンし、脅威な存在に思われたが、あまり影響はなく、今はその有名店のほうが撤退した。
◆支持される個人店の強みは
焼肉一盛の強みは、①地域における看板力(ブランド力)と安定売上が持続的に維持できる盤石な顧客基盤。②高度な技術と韓国料理のノウハウを蓄積した熟練調理人による強固な商品開発力と提供力。③大胆な発想で進化を遂げる商品ラインナップ。④どの年代にも柔軟に対応できる高い接客と接遇技術などだ。
焼肉に精通し食べ歩きを趣味とするお客様が「これだけ高品質なお肉と美味しく内容が充実した一品料理を堪能できたのにこれだけ安いのには驚き」と高評価であるなど、商品力とお手頃価格で提供できる仕組みの確立が確立されている。
このように、普段から地道な努力を積み重ね、絶対的な顧客が存在する店は、市場が不況に陥っても強いようだ。
<TEXT/中村清志>
【中村清志】
飲食店支援専門の中小企業診断士・行政書士。自らも調理師免許を有し、過去には飲食店を経営。現在は中村コンサルタント事務所代表として後継者問題など、事業承継対策にも力を入れている。X(旧ツイッター):@kaisyasindan