先月、衆議院京都4区の「日本維新の会」の予定候補者の事務所スタッフが、偽名を使って同選挙区の現職議員の事務所に出入りし、ボランティアスタッフとして活動していたことが発覚した。「スパイ行為」「前代未聞」などといわれ物議を醸したが、実態はどうなのか。また、陣営の“機密”を保持するためにどのようなことが行われているのか。10月27日(日)の投票日へ向け、事実上の選挙戦が始まっており、気になるところである。
「議員法務」の第一人者で、過去に国会議員秘書や市議会議員として生々しい選挙戦の現場に身を置いた経験が多数ある、三葛敦志(みかつら あつし)弁護士に話を聞いた。
スパイ行為で“狙われる情報”とは?
そもそも、他陣営への「スパイ行為」で狙われる情報はどのようなものか。三葛弁護士は、一般人が想像するものとは若干異なると指摘する。
三葛弁護士:「スパイの目的は、敵対陣営の内部に入らなければ触れられない情報を得ることにあると考えられます。
たとえば、街頭演説など選挙活動のスケジュール、事務所内部の人間関係、業務の指示命令系統、誰が出入りをしているか、お金の使い方、こちらの陣営をどう意識しているか、といった情報が挙げられます。
これらは、選挙陣営の『アキレス腱』ともいうべきものです。『ヒラ』のボランティアスタッフには知らされない機密情報が多く、かなり奥まで入り込まなければ知ることができません」
支援者の名簿を見たことも報道されているが、三葛弁護士は「重要な情報ではない」とする。
三葛弁護士:「しょせんは敵対陣営の支援者の名簿です。知り得たところで、嫌がらせはともかく、相手側の支援者に働きかけてできることはほとんどありません。
『スパイ』という見地からはそれほど重要度が高くなく、発覚したときのリスクに到底見合わないものです。
このあたりは、一般的な感覚とは多少ズレがあるかもしれません」
街頭演説のスケジュール等の情報はきわめて重要(写真はイメージ:yosh/PIXTA)
選挙戦は「熾烈な権力闘争」
今回の「スパイ行為」について「前代未聞」などと評する意見がある。しかし、実際には、類似の行為は発覚しないだけで、これまでにも行われてきた可能性が高いという。
三葛弁護士:「今回の件は、スパイ行為を行ったとされる人が候補者の陣営で中心的な役割を担っていたとのことであり、発覚すべくして発覚したものといえます。
私自身の見聞を前提とする限り、発覚していないケースも少なくないと推察されます。
これは実際にあった話ですが、ある候補者の陣営で、街頭演説に行く先々で、必ず敵対陣営の若者たちが待ち受けて街頭演説を妨害していたことがありました。『スケジュールが全部筒抜けじゃん』と首をひねっていました。
政治は『ごっこ』や『おままごと』ではなく、熾烈(しれつ)な権力闘争です。
敵対陣営に関する情報は、選挙戦を闘ううえで、喉から手が出るほど知りたい情報です。たとえば、スパイとは言わないまでも、敵対陣営またはその賛同者によって街頭活動の写真や動画の撮影や演説の録音等は当然にされている前提です。また、その行為自体は適法なので制限できません。
そこから進んで、内情を知るためになりふり構わず『スパイ行為』まで行う陣営があっても、まったく不思議ではありません。
詳細については明かせませんが、実際に、事務所内やクルマにGPS発信機や『エアタグ』などが仕込まれていたという話もあります。カメラ、録音、超小型通信機器、位置情報確認等、いろんなツールが出てきているので、『手口』はさらに高度化しています」
敵対陣営だけでなく「選挙違反摘発目的」で捜査官の“潜入”も
敵対陣営の「スパイ行為」だけでなく、捜査機関側が捜査のために潜入するケースもあるという。
三葛弁護士:「もうかなり昔のことですが、ある選挙で、捜査機関側の人間が選対のボランティアスタッフを装って事務所に出入りしていたことが、事後になって判明した事例があります。
選対のごく一部の人しか知り得ない情報が、警察に筒抜けになっていたそうです。
一般に、警察は、重大な違法行為の摘発のために捜査官を潜入させることがあります。特に、選挙戦で劣勢に立たされているか、当落線上にあるとみられる候補者の陣営が『焦って選挙違反を犯す可能性が非常に高い』ということで、ターゲットとされる可能性は想定されます。
前述の件では、たとえば、ボランティアスタッフ等への金銭の支払いの有無(買収にあたる)など、内情を探ろうとしたのかもしれません」
敵対陣営のスパイに対する「法的措置」は実効性が乏しい
敵対陣営のスパイ行為に対して、なんらかの法的措置をとることができるのだろうか。
三葛弁護士は、法的措置として刑法犯や公職選挙法違反の罪での刑事告訴が考えられるものの、実際にはあまり有効でないと述べる。
三葛弁護士:「まず、刑法犯については、最も深刻な『情報窃盗』は刑法で処罰されません。情報自体は窃盗罪(刑法235条)の対象となる『財物』にあたらないからです。
判例では、事務所内の紙にプリントアウトして持ち出す行為については『価値の高い情報が化体した紙』が『財物』にあたるとして窃盗罪の成立を認めています。しかし、自分のSDカード等に情報をコピーして持ち出す行為や、メールで外部に送信したりする行為は窃盗罪では処罰できないのです。
刑法犯として告訴することができるのはのは、せいぜい建造物侵入罪(刑法130条前段)くらいです。産業スパイ等に対処する『不正競争防止法』の適用も考えられません。
また、公職選挙法違反の罪で告訴しようにも、警察は選挙期間中は『選挙への介入』になるのをおそれ、きわめて慎重です。選挙後になって摘発が行われ、裁判の結果として犯人が有罪となっても、組織ぐるみであればともかく、実効性が乏しいのです」
【図表】前回の衆院議員総選挙(2021年10月14日)での選挙違反の件数と内訳(出典:警察庁資料)
スパイ行為への「予防策」「対抗策」は?
では、スパイ行為を事前に予防、あるいは対抗するために、どのような方法が考えられるだろうか。
三葛弁護士は、まず最低限、ボランティア等として応募してきた人に対する身分の確認を厳重にするべきだと指摘する。
三葛弁護士:「第一に、身分証を提示してもらいます。身分証はその場で2つ提示してもらうことが有効です。
中には、『ハンドルネーム』やペンネーム等を名乗るのみで身分を隠して協力したがる人がいます。そういう人は、きっぱり断るべきでしょう。なお、もし身分証を偽造すると、公文書偽造罪(刑法155条1項)や有印私文書偽造罪(同159条1項)に該当する可能性があります。
第二に、携帯電話の番号を聞いておくのも有効です。究極の場合、個人を特定するツールとなります。これに対し、LINEなどのアカウントはすぐ消すことができてしまいます。
選挙運動では『仲間』を信頼することが大切です。
最低限、身元をはっきりさせることによって、選対内部での信頼を形成するための土台を作っておくことが大切です」
そこまでしても、たとえば、表面上は敵対陣営とまったく関係ないように見える潜入者を排除するのは難しいかもしれない。どうすればいいのか。
三葛弁護士:「きわめて重要な事項については、情報を共有する幹部の範囲を限定しておくことが大切です」
10月27日に投開票が行われる衆議院議員総選挙の「事実上の選挙戦」はすでに始まっている。三葛弁護士が指摘するように、政治が「熾烈な権力闘争」であることは間違いない。
外部にあらわれない、陣営間の暗闘が繰り広げられている可能性もある。昨今問題となっている「裏金」の問題が氷山の一角にすぎないことは容易に想像がつく。
だからこそ、私たち有権者は、各候補者の公約や街頭演説、討論会での発言内容のみならず、外部から判断できるあらゆる面に対し、厳しい目を注がなければならない。
過去の実績、公約の履行状況、金銭的なクリーンさなどの属性や、選挙運動を通じての候補者本人とスタッフの振る舞いなども判断基準にしながら、投票行動を決めなければならないだろう。