「日本経済を支える100歳ビル」に「間もなく消えるレトロビル」も…初開催“建築フェス”で名建築と触れ合ってみた

 各地で再開発が進む東京都心。なかでもこれから大きく変化するのが有楽町エリアだ。有楽町駅近くでは2023年10月に1960年代に建設された三菱地所グループの大型オフィスビル「有楽町ビルヂング」「新有楽町ビルヂング」が再開発のため相次ぎ閉館。さらに、2025年にはそれに隣接する「国際ビルヂング」「帝国劇場ビル」も再開発のため閉館する予定となっているほか、その周辺でも複数の再開発プロジェクトが動き始めている。

 大型再開発によって古い建物の建て替えが進む一方で、東京都心には永年にわたってさまざまな歴史を見つめてきた魅力的な名建築が各地で生き続けている。今年(2024年)初夏、そのような「都心の名建築」と気軽に触れ合うことができる、その名も「東京建築祭」が初開催された。「建築祭」といっても専門家向けの堅苦しいものではなく、「当日フラっと出かけて都内各地にある様々な名建築を見学できる」という自由参加型のイベントだ。気軽にフラっと出かけて1日でどれだけ名建築を楽しめるのか――史上初の「建築フェス」を体感してみた(※イベント自体はすでに終了)。

◆気軽に名建築と触れ合える

 まず「東京建築祭とはどういったものか」を説明したい。東京建築祭は今年初開催されたイベントで、そのコンセプトは「建築から、ひとを感じる、まちを知る」。都内各地で多発的に建築に関する様々な催しが行われる、いわば「建築フェス」というべきものだ。

 東京都内各地(おもに銀座・丸の内・有楽町・日本橋界隈)の様々な場所で有料の建築ガイドツアーや特別公開会、講演会、書店での関連ブックフェアなどが実施されたほか、自由参加型の「事前申し込みなし」「参加費無料」で、17棟もの名建築を見学することができた。そのなかには国の重要文化財に指定されているものや、近く再開発で見納めとなるものもあった。

 なお、事前予約が必要だった有料ガイドツアー・特別公開の内容も、日本橋三越本店や日本橋高島屋S.C.、日比谷公会堂といった地域のランドマークとなっている建物での専門家による解説を交えた見学会をはじめ、コースランチ付きの東京ステーションホテル見学、建築士といく銀ブラ、銀座ソニーパークの建設現場見学など盛りだくさんで、多くのプログラムはすぐに定員が埋まったという。

 これら各イベントの詳しい内容は東京建築祭のウェブサイトで告知されたほか、公開対象となる建物などには東京建築祭の地図付きパンフレットが設置されており、それらを通じて東京の名建築について予習することができた。当然、建物の来歴などを知ったうえで見学したほうが楽しめるため、もし次回の開催があるのであればウェブサイトなどを通して「事前予習」しておくことをオススメする。それでは、ここからは建築祭のパンフレットと地下鉄のフリーパスをお供にして、「事前申し込みなし」「参加費無料」の「名建築巡りワンデートリップ」へと出掛けてみたい。

◆①日証館(1928年築)

 筆者が最初に訪れたのは中央区兜町にある「日証館」。公開開始は朝10時だったが、11時前に到着したときには早くも長蛇の列ができていた。日証館は1928年に「東株ビルディング」として建てられたオフィスビルで、1943年に現在の「日証館」に改称された。設計は日本橋三越本店を手掛けたことで知られる横河民輔氏だ。

 日証館が建築される前、この場所には渋沢栄一氏の邸宅・事務所があったものの関東大震災で焼失。東株ビルディングは震災後の日本経済を立て直すべく、証券会社やそれに関連する業種の事務所が入居するための建物として東京株式取引所(現在の東京証券取引所)が渋沢邸跡地に建築したもので「復興建築」の1つだった。同時期には旧東京証券取引所ビルも完成している。

 間もなく100歳を迎える日証館の館内には公証役場や法律事務所、税理士事務所、会計事務所、そして日経新聞社分室なども入居しており、日本の経済を支える存在となってきた「歴史の生き証人」は今もバリバリ現役だ。

 見学の待機列を見渡すと家族連れや外国人観光客と思しき人の姿もあり、参加者層は幅広い印象。並んでいる人のなかには他の建物を見てきた人もいるようで「三井本館の列はやばい」「1時間近く並んでようやく見れた」「(移築保存された)中銀カプセルタワーは見れないかも……」などといった声が聞こえてきた。この日証館でも30分以上並んだものの、建物の歴史を調べつつ外観をゆっくり観察しているとすぐに時間は経った。とはいえ、初夏の日差しは予想以上に強い。もし次回の建築祭が同じ季節に開催されるのであれば、しっかりと暑さ・日焼け対策を行っておいたほうがいいかも知れない。

◆建築当時の意匠が残る天井

 日証館で特別公開されたのはエントランスホールと階段部分。混雑していたもののすぐに退出しなければいけないということもなく、建築当時の意匠が残る天井や日本橋川を望む石造りの階段室を思う存分見学することができた。

 ちなみに、日証館の1階部分にはアイスクリームカフェも出店している。見学当日は夏日だったこともあり、見学後に立ち寄る人も多かったようだ。日本橋での買い物のついでや隣接する東証を見学した際などに立ち寄って、100年の歴史に想いを馳せてみては(カフェは水曜定休、東証は平日のみ開場)

 日証館を見学し終わったあとは、1878年に鎮座した証券業界の神様「兜神社」にお参り。ここからは、隣接する「日本橋ダイヤビルディング」(三菱江戸橋倉庫ビル、1930年築、今回の公開対象ではないが見学可能)を一瞥したあと神田へと向かうことにした。

◆②丸石ビルディング(1931年築)

 続いて訪れたのは千代田区の神田駅近くにある「丸石ビルディング」(大洋商会ビルディング)。1931年に大洋商会のオフィス兼商店として建築されたもので、「下層階は商店・高層階はオフィス」という、現在にも通じる形式の複合オフィスビルだ。2002年には国の登録有形文化財となっている。ちなみに、設計者の山下寿郎氏は戦後に霞が関ビルディングやNHK渋谷放送センターなどを手掛けている。

 丸石ビルで特別公開されたのは1階のエントランスホール部分(撮影禁止)。公開部分が広くないこともあり、数分並べば入ることができた。スクラッチタイルで彩られたロマネスク調の建物のエントランスに立つと出迎えてくれるのは立派な石獅子。アーチをくぐると現れる緻密な装飾が施された天井は圧巻だった。

 戦前、この丸石ビルの下層階には大洋商会の自動車ショールームもあったという。「戦前の自動車ショールーム」というと恐らく富裕層しか縁がない場所。建物の荘厳な装飾にふさわしい店構えだったことだろう。

◆③三井本館(1929年築)

 神田から中央区に入り三越前へと移動、到着した「三井本館」は噂通りの大混雑だった。三井本館の場所はもともと1683年に呉服店「三井越後屋(三越)」(1673年創業)が店を構えた場所。同年には三井住友銀行の前身となる両替商の営業も開始している。現在の三井本館は1929年に竣工したもので、1998年には国の重要文化財に指定された。

 今回特別公開されたのはエレベーターホールなど。社長室や金庫室などは事前申し込み・抽選制の有料見学会のみで公開されたそうだ。長蛇の見学列に並んでみたものの、「約1時間待ち」とのこと。

 並んでいる人からも「このままだと他が回れないと思う」という声が聞こえてきた。そのため、後ろ髪を引かれながらも外から覗くのみとして、代わりに「日本橋三越本店本館」(1914年築・1935年改修、国の重要文化財)の荘厳な内装を楽しんだあと、新橋を経由して丸の内へと移動することにした。

◆④堀ビル(1932年築)

 続いて訪れたのは港区の新橋駅近く、外堀通り沿いにある「堀ビル」。堀ビルはもともと建具などを販売する堀商店のオフィスとして1932年に建てられたもので1998年には国の登録有形文化財となり、2020年まで同社のオフィスとして利用されていた(現在、建物は同社が保有しているものの本社は千葉県に移転)。

 しかし、老朽化が進んだことから竹中工務店などの協力を経てリノベーションを実施。2021年にレトロな外観や内装を活かすかたちで21世紀型のシェアオフィス「GOOD OFFICE新橋」へと生まれ変わった。レトロビルをリニューアルしたシェアオフィスは遠くからでもよく目立つ存在で、「近代建築の新たな活用方法」としても注目されている。

 堀ビルで公開されたのは1階のオフィスラウンジ部分と階段室。こちらはあまり並ぶことなく入ることができた。かつて建具を扱う会社のオフィスだっただけあり、照明や階段の手すりなどにも細かいこだわりが。丁寧な細工を間近に堪能することができた。

◆⑤国際ビルヂング(1966年築)

 新橋から再び千代田区へと戻り、日比谷に到着して最初に向かったのは1966年に竣工した「国際ビルヂング」。国際ビルヂングという名前には馴染みがないかも知れないが、「帝劇のある建物」(正確には2つのビルの合築)と言われればピンとくる人が多いだろう。

 国際ビルヂングは特別公開されている場所がある訳ではなく、共用部であるエントランスに建物の来歴などが展示されていた。とはいえ、昭和レトロ感満載のエレベーターホールの美しいモザイク画や星をイメージしたような照明を堂々と撮れるのは「建築祭」という大義名分あってこそだ。

 最初に述べたとおり、この国際ビルヂングと帝国劇場ビルは老朽化のため2025年2月ごろに閉館し、再開発が予定されている。日中ならば共用部のエレベーターホールは自由に入ることができるため、建築祭で見逃した!という人はお早めに。

◆⑥新東京ビルヂング(1963-65年築)

 続いて向かったのは国際ビルヂングのすぐそばにある「新東京ビルヂング」。こちらも国際ビルヂングと同じく三菱地所による1960年代築の昭和レトロビルで、共用部で建築祭の展示が行われていた。

 ちなみに、国際ビルや新東京ビルが建築される前にあったのは三菱グループが中心となって明治時代に造り上げた「一丁倫敦(いっちょうロンドン)」と呼ばれる赤レンガの街並みだったそう。当時の写真も展示されており、「文明開化の時代」から一気に「近代化的オフィスビル街」へとタイムスリップしたことが分かる。

 先述したとおり、国際ビルや新東京ビルの近くには同じく三菱地所が管理しており2023年10月に閉館したレトロビル「有楽町ビルヂング」「新有楽町ビルヂング」の姿もあった。これら2棟は再開発のため2024年中に解体される予定となっている。もし建築祭が1年早かったならばこれらの建物も見学できたかも知れない……と悔やまれる。

 周囲のビルが再開発で生まれ変わろうとするなか、この新東京ビルは現在お色直しの真っ最中。リニューアル工事は上層階のオフィス部分・下層階の商業施設部分の双方で行われており、2024年11月に全館完成する予定だ。竣工から60年を迎えた昭和のオフィスビルは、これからも有楽町・丸の内の人々に親しまれることだろう。

◆⑦明治生命館(1934年築)

 千代田区丸の内、皇居外苑濠沿いにおけるシンボル的存在の1つである「明治生命館」は1934年に竣工した現役の大型オフィスビルだ。外観はコリント式の柱が並ぶ古典主義でありながら設備は当時最新式であったという。戦時中は大型建物の建築が難しくなったうえ過度な装飾なども禁止されたため、戦前におけるオフィスビル建築の最高傑作の1つといえる。

 終戦後は1956年までGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)に接収され、1956年まで米空軍の極東司令部などが入居していたという過去も。現在も明治安田生命がオフィスとして利用しており、1997年には国の重要文化財に指定されている。

 東京建築祭では、明治生命館と接続されている明治安田生命ビル(2004年築)の共用部に案内パネルが設置されていたため、「明治生命館の裏側」を見ながらかつての丸の内の姿を知ることができた。

◆⑧東京駅丸の内駅舎/東京ステーションホテル(1914年築・2012年復原)

 今回の「名建築巡りワンデートリップ」のフィニッシュは「東京駅丸の内駅舎」。まさに「東京建築祭」の終着点としてふさわしい場所であろう。

 東京駅丸の内駅舎の南北ドーム下2階部分には回廊が設けられており、東京建築祭の期間はそのうち南側で駅舎の歴史などに関する特別展示が行われていた。この回廊も、丸の内で見学した他の建物と同じく通常でも立ち入ることができる場所だ(北ドーム下2階は東京ステーションギャラリーを利用すると見学することができる)。

 南北の回廊には東京駅の歴史を紹介する資料や模型、復原前に使われていた部材などが常設展示されている。むしろ東京建築祭の期間外のほうがゆっくり見学できるかも知れないので、駅を利用するついでに訪れてみて欲しい。

◆変わりゆく都心の今のすがた

 大盛況の末に幕を閉じた東京建築祭。1日でどれだけ見れるか不安であったが、公開対象となっていた17棟のうち8つの名建築をめぐり、さらにそのうち3棟は当日限定の「特別公開」されている部分にも入ることができた。東京建築祭実行委員会の発表によると、建築祭の最終的な参加人数は約6万5000人。これは日本国内の建築祭としては過去最大級だったそうだ。

 常に変化しつづける東京都心。今回公開された建物のなかには再開発により近く見納めとなるものも含まれていたが、建築祭が毎年開催されることとなれば、こうした「変わりゆく都心の今のすがた」の記憶を次世代へと残すキッカケにもなろう。今後、末永く続いていくことを期待したい(建築祭当日は混雑していたこともあり、一部の写真は事前・事後に撮影したものです)。

<取材・文/若杉優貴>

参考文献:

栢木まどか 編(2020):『復興建築』トゥーヴァージンズ.

東京建築祭実行委員会 編(2024):『東京建築祭2024』東京建築祭実行委員会.(公式パンフレット)

松田力(2023):『東京建築さんぽマップ最新改訂版』エクスナレッジ.

東京建築祭2024ウェブサイト

そのほか日証館(平和不動産)、三井本館(日本橋三井タワー)など各建物の公式ウェブサイト、各建物に設置された案内展示

取材協力:三越伊勢丹HD・三越劇場

【都市商業研究所】

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