人々を惹きつけた小泉純一郎の“トーク能力”
2001年4月に自民党総裁選が行なわれたとき、私はテレビ朝日の「ニュースステーション」のコメンテーターをしていた。番組では自民党総裁選に立候補した4人の候補者による生討論会が行なわれることになった。本命の橋本龍太郎、対抗馬の麻生太郎、大穴の亀井静香、泡まつ候補の小泉純一郎の4人だ。
生放送の30分ほど前、私は司会の久米宏さんに呼び出された。
「森永さん、悪いんだけど、今日の討論会は実質的に日本の総理大臣を決めることにつながる大切な討論会なんだ。だから、僕に仕切らせてくれないか」
「何言っているんですか。この番組は久米さんの番組ですよ。そんなの当然じゃないですか」
「そういうことじゃなくて、僕が仕切るから、議論の最中に森永さんは口を挟まないでほしいんだ。ただ、森永さんもコメンテーターとしての立場があるだろうから、最後の質問は森永さんにまかせる。誰に何を聞いてもかまわない。その条件でどうですか?」
「もちろんです。承知しました」
討論がスタートすると、橋本、麻生、亀井の3候補は、饒舌に自説を語った。ただ、そこには力強いビジョンも希望をもたらす政策も感じられなかった。3人の議論が淡々と進むなか、久米さんが私に目配せをしてきた。もう時間がいっぱいだから、最後の質問をしてほしいというサインだ。
そこで、私の小心者ぶりが出てしまった。討論のなかで、小泉候補だけが黙って聞き耳を立て、ほとんど発言をしていなかった。そのとき、私は「バランスを取らなくては」と思ってしまったのだ。
私は質問する予定のなかった小泉候補に、最後の質問を振り向けた。
「小泉さんは厚生大臣を務めていらしたので詳しいと思うのですが、今後の日本の公的年金制度をどのように改革していこうと思いますか?」
小泉純一郎氏はここぞとばかりに、私の質問を無視して、こう叫んだ。
「この3人のような派閥同士の足の引っ張り合いをしているから自民党はダメなんだ。私は自民党をぶっ壊す。構造改革だ!」
そこで時間が来て、番組はCMに入った。小泉氏は4人のなかでもっとも強烈なインパクトを残すことに成功した。
その瞬間、私は「やられた」と思ったが、あとの祭りだった。
そこからの総裁選の展開は驚くべきものだった。
小泉候補の天才的なトーク能力に自民党員は酔いしれた。泡まつ候補だった小泉純一郎は、最終的に298票を獲得し、次点の橋本龍太郎氏の155票にダブルスコア近くの大差をつけて勝利した。とくに県連票(地方票)では、小泉候補123票、橋本候補15票と圧勝だった。
この小泉劇場に国民は熱狂することになる。
森永 卓郎
経済アナリスト
獨協大学経済学部 教授