親が高齢になってくると、考えなければいけないのが介護問題。実は、この介護をめぐって、これまで仲の良かった家族の絆にひびが入ることも少なくありません。具体的な事例をもとに、親の介護問題で起こりがちなトラブルとそうならないための対策・予防策をみていきましょう。FP Office株式会社の中山梨沙FPが解説します。

お世話になった父親への“サプライズ”が大喧嘩に発展

〈登場人物〉

Aさん……都内の大手上場企業勤務に勤める51歳。年収は1,300万円。10年前に都内のタワマンを購入し、子どもがいないため、Bさんと2人で生活している。

Bさん……Aさんより3つ年上の妻。年収は900万円。
 

Aさんの実家事情……父親84歳。妻に先立たれ、九州の田舎で1人で年金暮らしをしている。

Bさんの実家事情……両親健在で、都内に兄家族と同居している。

ある休日、Aさんは何気なくつけていたテレビで「終活」の特集を目にし、ふと九州の田舎でひとり暮らしをしている父親を思い出しました。今は元気でいてくれているものの、今年で84歳と高齢です。なにかあったときに、この距離ではすぐに駆けつけてあげられません。

ひとりっ子であるAさんは、以前妻のBさんに父親と同居できないかと相談した際、「同居は嫌」と突っぱねられてしまったことから、どうしたものかと悩んでいました。

そんな矢先、近所に有料老人ホームができるという話を耳にします。Aさんは、「これだ!」と思い、早速資料を取り寄せ、見学に行くことに決めました。

施設の職員は感じがよく、Aさんは非常に気に入りました。金銭面も、Aさんが入居一時金を負担し、月額の費用は父親の年金と少し援助すればまかなえるだろうという計算です。「これは良い親孝行だ!」と誇らしげになったAさんは、早速父親を「大事な話があるから、東京に来てくれ」と呼び出します。

翌週、わけのわからぬまま呼び出された父親を施設に連れていきました。Aさんの父親は、「一体なんなんだ? 事情を説明してくれ」と不安そうです。そんな父親に、Aさんは渾身のドヤ顔で今までの経緯を説明しました。すると……。

泣いて喜んでくれると思っていたAさんの予想に反して、父親は「何を勝手に決めているんだ! ワシはこんなところ入らんぞ!」と大激怒してしまいます。「そんな言い方ないだろ! 父さんのためを思って動いたんだぞ!」と、入居前の事前面談の場で、Aさんと父親は大喧嘩してしまいます。結局、仮申し込みまでしていたものの、入居はキャンセルすることになってしまいました。

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実は親と子で大きく異なる「介護」への認識

生命保険文化センターによると、親の介護に対して、約75%の人が不安を感じているそうです。その不安のほとんどが、肉体的・精神的な部分に関するもの。また、なかには親の介護で施設を利用することに罪悪感を抱く人もいます。

しかし、施設を活用することはまったく問題ありません。現在、日本の少子高齢化は深刻です。2000年に公的な介護保険制度をスタートしたのはその対策ともいえます。日本では社会全体で介護者を支えようとしており、“人の手を借りること”を後ろめたく感じる必要はないのです。

ただし、事前準備は欠かせません。金銭面の準備はもちろんですが、なによりも大切なのが、親子間で「共通認識」を持つことです。今回の事例は、この「共通認識」が不足していたことが喧嘩の大きな要因でした。

まず、親目線で考えると、介護施設への入居に対して抵抗感のある人は少なくありません。住み慣れた環境を離れることは大きなストレスでしょう。また親心として「子どもに迷惑をかけたくない」という気持ちもあるかもしれません。そのようななか、なにも聞かされずにいきなり「ここに引っ越せ」といわれても、なかなか素直に納得できないのではないでしょうか。

反対に、子ども目線で考えると、時間とお金をかけて育ててくれた親に対して、自分にできることがあればできる限りやってあげたいという思いはなんら不自然ではありません。Aさんなりの“できる限りのこと”が、近所の“施設入居への援助”だったというわけです。Aさんに悪意はまったくなく、Aさんなりの「親孝行」でした。

親であっても、子であっても、相手の考えていることをすべて把握できるわけではありません。「しっかり話しあって」「万が一に備える」ことがなによりも大切なのです。

親と離れて暮らせば、会話をする時間も年間を通して少なくなります。「こんな話はしづらい」と思う気持ちもわかります。ただ、お互いを大切に思うのであれば、きちんと言葉にして今後のことを話しましょう。

筆者の父は、59歳のときにガンで亡くなっています。もう10年以上前のことです。何の不自由もなく育ててくれた父に対して、社会人になってこれから親孝行したいと考えていた矢先の出来事でした。きちんと「ありがとう」を伝えられなかったのは、10年以上経った今でも心残りです。

あっという間に時間は過ぎます。今伝えられること、話せることは速やかに行動に移してほしいというのが、FPとしても、1人の人間としても願うことです。

なお、厚生労働省には「親が元気なうちから把握しておくべきこと」というチェックリストがあります。このリストの内容をベースに、親子で会話してみてはいかがでしょうか。