商社マンが機密情報の横流しで“懲戒解雇・退職金不支給” 「処分が重すぎる!」の訴えに裁判所の判断は

ある男性社員Xさんが、退職を決めたあと、会社の機密情報を婚約者に送信。その婚約者は、なんと! 競合会社に勤めていた…。Xさんの勤務先だった会社は「チミは忍者か!」と叫びたくなったであろう。

会社はXさんを懲戒解雇し、退職金を不支給とした。これに納得できないXさんが提訴するも、裁判所は「懲戒解雇も退職金の不支給もOK」と判断。(東京地裁 R5.11.27)

近年、会社の重要情報を持ち出したことが原因で退職金が吹き飛ぶケースが多く(後述)、裁判所が「不支給OK」と判断しているため、ご注意いただきたい。

以下、事件の詳細だ。

事件の経緯

会社は、いわゆる総合商社であり、Xさんはエネルギー戦略室に所属する正社員だった。

令和2年6月、Xさんは会社に対して「8月末で退職します」と伝達。その際、転職予定先の会社についても報告した。ここからXさんの“情報コピー”がスタートする。

■問題となった行為
裁判でとりあげられたXさんの行為は、主に以下の3つだ。

① 情報の大量コピー
会社のクラウド型ストレージ(Box)にアクセスし、そこに保存されていたデータファイル約1万1000個(データサイズ約24GB)を自分のGoogle Driveにアップロードして複製

② 婚約者(競合会社に勤務)へ機密情報を送信

③ 自分に情報を送信

【①情報のコピー】には、アジア諸国でのプロジェクトに関する情報や、成功しているほかの事業に関する情報を得る目的があったと認定されている。

■ 会社にバレる
約24GBという莫大な量のアップロードにより、会社の情報管理システムが「むむっ!」と作動。会社にバレることとなった。

Xさんは、上司から「情報漏えいに該当する疑いがある」と告げられたので、データをすべて削除した。さらにXさんは正直に「過去にもアップロードした資料がある」旨申告し、これらのデータも削除した。

■ 懲戒解雇
約2週間後、会社はXさんを懲戒解雇した。“スピード懲戒解雇”だが、背景には、この会社が約4か月前にも、転職先が決まって退職する意志を固めたあとに機密情報を持ち出そうとした従業員2名を懲戒解雇していたことがあると考えられる。

■ 泣きっ面にハチ
とは、このことであろう。Xさんは、転職先の会社からの内定も取り消された。もともと勤務していた会社が、転職先の会社に「Xさんを懲戒解雇した」と報告したからである。

■ 提訴
Xさんは、懲戒解雇の無効・損害賠償・退職金の支払いを求めて提訴した。

裁判所の判断

Xさんの完全敗訴である。

裁判所は、まず、Xさんの行為は就業規則等に違反していると判断。具体的には以下のとおりだ。

・情報の大量コピー:機密保持違反、情報管理規程違反、公私混同
・婚約者に送信:機密保持違反、公私混同
・自分に送信:情報管理規程違反

■ 懲戒解雇はやりすぎなのか?
Xさんは「だとしても懲戒解雇は処分として重すぎる」と主張。しかし、裁判所は「重くない。懲戒解雇OK」と判断した。理由は以下のとおりだ。

① 情報の大量コピー
「極めて重大な非違行為と評価せざるを得ない」(裁判所)

理由は以下のとおり。
・退職後に利用する目的があった
・そのデータの中には情報管理規程における機密情報に該当する資料もあった
・この機密情報は、競合他社などに知られることで、会社の競争力や信用力の低下を招き、会社に有形・無形の損害を生じさせ得る
・情報量の多さからすれば会社に与える影響は極めて大きい
・特に一定の情報については、第三者に知られると入札額が推測され、会社が極めて不利な状況に置かれる可能性がある、あるいは秘密保持契約を締結した相手方から法的責任を問われる可能性があった

② 婚約者に送信
「競合他社に勤務する婚約者に5回も送信しており、目的はもっぱら私的目的であり、送信したデータの中には会社の機密情報も含まれていたので、相応に重大な非違行為と評価できる」(裁判所)

③ 自分に情報を送信
「会社での業務遂行を目的として行われた可能性も否定しがたい。上記①②に比べて非難可能性が低い」(裁判所)

しかし、上記①②の行為の悪質性・重大性を踏まえて、結論として「懲戒解雇はOK」と判断した。

■ 退職金
「行為の態様、性質、重大さ等の点に照らせば、退職金を支払わなくてもOK」(裁判所)

〈解説〉
懲戒解雇=退職金ゼロとなるわけではない。現在の裁判所は、本当にヒドイ場合だけ(正式用語:労働者の勤続の功を抹消ないし減殺してしまうほどの著しく正義に反する行為があった場合だけ)について退職金ゼロをOKとしている。

今回の判決文では詳細が述べられていなかったが、当然にXさんの行為は著しく正義に反すると判断されたのであろう。

ほかの裁判例

冒頭でも述べたとおり、機密情報の持ち出しで退職金が吹き飛んでいるケースが最近多い。

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