金融商品取引のトラブルに関する相談や苦情を受け付け、公正・中立な立場で解決を図る、証券・金融商品あっせん相談センター(略称:FINMAC)がまとめた2023年度の紛争解決手続事例によれば、2023年度に取り扱った紛争解決手続事案は215件。そのうち申立人が50代60代の事案は85件、約40%の事案でシニア世代が当事者となっていたようです。被害が甚大なケースも散見され、背景にはシニア世代の多くの人が、退職金などまとまった額のお金を手にするタイミングであることが推測されます。本記事では、Aさんの事例とともに退職金運用の注意点について、オフィスツクル代表の内田英子氏が解説します。

ゆっくりする時間が欲しい…年金繰上げで早めに年金生活を開始

Aさん夫婦はともに同い年の元国家公務員。30代で職場結婚を経て、二人三脚でキャリアを積み重ねてきました。定年退職後は再任用の話もありましたが、夫婦そろって断りました。仕事を中心とするライフスタイルを送ってきたAさん夫婦は、これまで必死にがんばってきたのだからゆっくりとする時間が欲しい、と考えたからでした。

退職金が2人あわせて4,000万円、公的年金が夫婦合わせて月40万円あったこともAさん夫婦の背中を押しました。60歳で繰上げ受給をしても月28万円の年金を受け取ることができるようでしたから、Aさん夫婦は2人で話し合った結果、つつましく暮らしながらまた働きたくなったら働けばいい、と2人で繰上げ受給をして、60歳でリタイアすることにしたのです。

ゆったりとした時間を過ごしていたAさん夫婦。退職から1年を過ぎたある日、妻は自宅に友人を招き、趣味のパッチワークをしていました。すると、ふと友人が、夫が退職金を受け取ったから、運用をはじめることにしたというのです。

「退職金専用の定期預金で、期間限定なんだけれども、年2%の利息が付くから全額預けることにしたの。2,000万円預けると40万円利息がつくんだからすごいわよね!」と話す友人はとても楽しそうでした。友人が預けることにした金融機関はAさん夫婦のメインバンクではありませんでしたが、口座を持っている銀行でした。ただ、退職金を受け取ってから1年以内でないと申し込めないということで、Aさん夫婦は利用できそうにありません。

友人が帰宅したあと、Aさんの妻はため息をつきました。いままでお金のことに無頓着で来たけれど、実際に生活を始めてみると、年金だけでは少し厳しい。まとまった退職金を受け取っているのに、なにもしていないのはもしかしたら損をしているのでは。そう、焦りにかられたAさんは、後日メインバンクへ運用の相談に行くことにしました。

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「特別な部屋」で「特別なご提案」をしてくれた銀行員

銀行の窓口で相談内容を伝えたところ、奥の個室に通されました。銀行に行くまでは、なんで担当者は多額の退職金を受け取っているのになにもいい話しをもってきてくれないのだ、と少し腹を立てていたAさんの妻でしたが、特別感のある個室へ通され、クールダウンしてきました。

そして、Aさんの妻が少し緊張をしながら待っていると担当者が現れました。担当者はある商品のリーフレットを差し出してきました。「Aさまのような特別なお客様に、特別なご案内がございます」そういって差し出されたのは複雑な名称の金融商品のリーフレット。

「こちらの商品、預金ではなく元本保証はないものなのですが、年利率は13%で、定期預金や個人向け国債を上回る利息がつく商品です。元本割れのリスクはありますが、これまで私がおすすめさせていただいたお客様には損失が出たことはありません」担当者は断言します。

「特別な部屋」で「特別なご提案」をしてくれる担当者に、すっかりAさんはいい気分になってしまいました。そこで、一旦帰宅したAさんは夫にも説明し、「あなたにもいいんじゃないかしら」と夫とともに再度銀行へ行くことに。

その後、言われるがままに証券口座を開設。手つかずにとっておいた退職金を全額投じ、いわゆる「仕組債」を購入することになったのです……。