食も人生も味わうように生きる フードエッセイスト・平野紗季子がつづる今と未来

フードエッセイスト・平野紗季子さんの最新作『ショートケーキは背中から』が刊行された。食への深い愛情と独自の視点で多くの読者を魅了する平野さんに、今回のエッセイに込めた思い、会社員として働き、そして独立した今の気持ちについて聞いた。

過去と現在が交差する『ショートケーキは背中から』

デビュー作『生まれた時からアルデンテ』から10年、平野紗季子さん初のテキストメインとなるエッセイ集『ショートケーキは背中から』(新潮社)が刊行された。

本書には、過去10年間にさまざまな媒体に寄稿されたエッセイや、子供の頃から書き続けてきた食日記をもとにしたコラム「言いたい放題食べたい放題 ごはん100点ノート」など、多数の書き下ろし原稿が収録されている。

これまでに執筆したエッセイをまとめるのは、平野さんにとって新たな試みで、「この10年で考え方が変わってきた部分もあるし、逆に当時だからこそ感じられたことを残したいと思った」と言う。また、過去の文章を見直す作業は単なる編集だけではなく、成長や変化を振り返る貴重なプロセスになったそうだ。

「日付が入っていることがすごく大事で、あえて載せました。過去に書いたものを読み返すと、知識が浅かったなと思うこともありましたし、10年前に出した『生まれた時からアルデンテ』は、ちょっと怖いぐらい大胆なことを書いていたなと思います。でも、一概に恥ずかしいから『いらない』ということではなく、当時の年齢や社会の空気の中で表現できたことがあったので、それを残せたのは価値あることだなと思っています」

平野さんは、大学在学中に日々の食生活をつづったブログが話題となり、そこから文筆活動をスタートした。彼女の書くコラムやエッセイは瞬く間に人気を集め、多くの読者から支持を得ていたため、このまま文筆業に専念するかと思ったものだが、大学卒業後は大手広告会社に就職。会社員としてキャリアを歩み始めた。

『ショートケーキは背中から』に収録されている最初のエッセイ「会社員の味」は、その当時の食体験が描かれた作品で、くたくたになるほど慌ただしかった日々の中での葛藤や、食事に込められた喜びがリアルに描かれている。きっと、多くの人が共感するであろう内容だ。

「会社員時代の渦中は、本当にしんどい日々だと思っていましたが、そのときに出合った味わいは、今でこそ大切で尊いものになりました」

ただの食事の記録ではなく、そこに宿る日々のストーリーがあり、食を通して垣間見れる彼女の生き方には、励まされるものがある。

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脳内はほとんど食べ物のこと

書名の『ショートケーキは背中から』でもわかるように、本書には「平野節」と言うべきか、飾らない言葉ながらも的確にそのモノを表現するワードセンスが光り、また、自分への軽妙なツッコミも随所に見られる。書名に隠された意味は、本書を読み進めていくと明らかになるだろう。

『ショートケーキは背中から』もそうだが、平野さんは「今までなぜ気付かなかったのだろう」と、ハッとさせられるような食べ方や食の見方も教えてくれる。本書の「そんなにおいしいものばっかり食べてたら」では、バナナがいかに優れている食べ物なのかを力説している。

「私は、本当にいい加減にしたらどうかと思うくらい、食べ物のことを考えているんじゃないかと思うんです。みなさんが忙しい中でいろんなことを抱き、思いを馳(は)せている中で、私は脳のキャパシティーのほとんどを食べ物に割いている気がします(笑)。あとはたぶん、集中して食べるくせがあるんでしょうね。ある日突然、『バナナってすごい……!』と気づくことがあって、立ち止まるほど感動してしまう。そんな瞬間が日々あるんです」

半年前から予約して、喜々として行く店の食事もある。デンマークのNomaのように長い道を歩いてお店に向かうような、意識的に食体験を演出されている時、はたまた一人で食事へ行くときにも必然的に食事に集中する。

一方で、「疲れ切って帰宅して、Uberを頼んで、動画を見ながら食べるときもすごく幸せ」だとも言う。ただただ好きなお店の料理を食べ、おなかがいっぱいになる。それもおいしくて満足する瞬間なんだそう。

「日常の中で変わっていく味わいを楽しんでいます。忙しい時にスマホを見ながら食べる食事にも、その良さがあると思っていて。集中する時は集中し、忙しい時は忙しい味を楽しむ、というように、いろいろな味、それ自体に興味があります」