食も人生も味わうように生きる フードエッセイスト・平野紗季子がつづる今と未来

フードエッセイスト・平野紗季子さんの最新作『ショートケーキは背中から』が刊行された。食への深い愛情と独自の視点で多くの読者を魅了する平野さんに、今回のエッセイに込めた思い、会社員として働き、そして独立した今の気持ちについて聞いた。

自分を傷つけた味があるから

「小学生の頃からレストランや食に対する執着は人一倍あったと思いますね。子供が昆虫図鑑を作るように、私は10歳から食べ物についての食日記をつけていました。父もグルメで、一味をかけたりする姿に憧れていたのを覚えています。ただ、食に対する感受性が特に育まれたのは、アメリカに留学していた時ではないかと思います」

高校時代にニューヨークに留学していた平野さん。詳しくは本書の「ニューヨーク、味の新世界」につづられているが、帰国後、母が作った“どうってことない油揚げの味噌(みそ)汁”を一口飲んだ瞬間、涙がボロボロあふれたそうだ。

「留学していたときに自分の口に合わない食事を続けたことで、帰国後に食べたお味噌汁のおいしさが際立ち、その感動が食に対する感性をさらに高めてくれた気がします。何かおいしいものや強烈に感動する味に出合ったとき、ふと、その味の中に、かつて自分が食べていた経験が含まれていることに気づいたんです。そこには、過去に自分を傷つけたひどい味の食事もあって、今と過去が照らし合ってこそ、味は輝くとわかった瞬間でした」

平野さんの言う“ひどい味”とは、“自分のために作られた食べ物じゃないもの”。パーソナルや文化的背景も絡んでくるが、食べても満たされないどころか、食べ続けると疲弊してしまうのだと。食べることは栄養補給や空腹を満たすためだけではない、彼女の食を大切にしている気持ちが伝わってきた。

(広告の後にも続きます)

残しておきたいから生まれる言葉

子どものころに始めた食日記は、かれこれ20年越え。今はスマホのメモ機能を使っている。

「これは和食を一人で食べながら、その場で感じたことをメモしてました。思ったことをすぐに書き留めるんです」と平野さん。

ガストロノミーの繊細な食体験からポテトチップスのような日常的なスナックまで、平野さんの手に掛かれば、豊かなボキャブラリーで表現される。

「『消えてしまう味をなんとかしてとどめたい』という強い気持ちを持っているんですよね。自分の中にある味を明確に他のものと違う形で記憶に残すため、言葉というラベルを貼っている感じなんです。だから味わえば味わうほど、ボキャブラリーが増えていくんです。『ふわふわ』した食感ひとつとってもいろいろあって……」

シフォンケーキのふわふわ、オムレツのふわふわ、明石焼もふわふわ……としてしまうと、後からその味を取り出せなくなる。そこで、明石焼は「足腰の弱いたこ焼き」となり、平野さんの記憶に保存されている。