とろけるチーズと唐辛子の辛みが相性抜群。
こんな味のサンドイッチをフランスで食べる日が来るとは思わなかった!という衝撃のひと口から始まった。何にそんなに驚いたかというと、辛かったのだ。もともと私は辛いものが大好きなのだが、ここまでのものは、唐辛子を売りにした中国料理店と韓国料理店以外で、パリでは食べたことがなかった。もしかしたら、キムチチーズサンド、といわれていたら、こんなふうには驚かなかったかもしれない。ただ、このグリルドチーズは、たぶん、キムチチーズよりも辛い。辛さの元は、イタリアのソーセージ、「ンドゥイヤ」。これまでの「ンドゥイヤ経験」は、何かしらの料理に、アクセントとか深みを加える目的で使われた、辛さと風味が同率くらいのものだけだった。それが、このグリルドサンドを食べたときは、ひと口食べるごとに辛さを落ち着けようと、口で冷気を吸い込んだ。もうまるで、火鍋でも食べているような気分だった。フランス料理には基本的にそれほど辛いものはないし、サンドイッチを食べて、鼻の頭に汗をかいて、体がぽっぽしてくるなんて、なんとも新鮮。その辛味を和らげるクリーミーなチーズが、また心憎い。どうしたって、このチーズの存在は必要だ。
フランスの「パン・オ・ルヴァン」は生地がみしっと身が詰まっているものが多いけれど、『パノラマ』のは軽やか。具材と合わせることを想定して作られているように思った。
ランチのサンドイッチは、季節をそのまま映し出したような構成で、オリンピック開幕を間近に控えた頃に食べたタルティーヌは、グリーンピースと小粒のトマトがこんもり盛られていた。
デザートのパネトーネも自家製。作りたては初めて食べました。さりげなくしっとり、フワッとしてた。
辛味のインパクトに全てを持っていかれそうな気がするが、このサンドイッチで最も特筆すべきことは、パンだ。表面はカリッカリに焼かれ、内側は湿度を含んでフワッとしていた。ンドゥイヤとチーズの脂が浸透していたら、ここまで焼き色をつけた場合、内側はもっと乾いた感じになるはず。実は、それを防ぐために、パンの切り口いっぱいに何枚もほうれん草が重ねられている。おかげで、ほうれん草が流れ出る脂を受け止め、パンには浸透していない。“このパンはこうしてグリルして食べることで持ち味を最大限に引き出せる”と、計算の上で作られたのではないかというくらいに、心地よい歯応えとしっとり軽やかな舌触りの、食感のバランスが印象的だった。
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『Panorama』
153 rue Saint-Maur 75011 01-40-31-66-24 12:00〜22:30(火19:00〜)日月休 料理の提供は昼が12時から14時半、夜は19時から。仔牛タルタルのオープンサンドは夜のメニューに。
文筆家 川村 明子
パリ在住。本誌にて「パリのサンドイッチ調査隊」連載中。サンドイッチ探求はもはやライフワーク。著書に『パリのパン屋さん』(新潮社)、『日曜日は、プーレ・ロティ』(CCCメディアハウス)などがある。Instagramは@mlleakiko。Podcast「今日のおいしい」も随時更新。朝ごはんブログ再開しました。
&Premium No. 131 LONG-TIME STAPLES / 使い続けたくなる、愛しいもの。
ファッションやライフスタイルにまつわるもの選びにおいて、時間をかけて長く付き合っていく姿勢が、これまで以上に必要とされているように思います。でも、ただ漫然と「長く使い続ける」ことだけが重要ではなく、それを使ったり、身に着けたときに、出合った頃と変わらぬ「愛おしさが続いている」ことも、忘れてはならない大切な要素なのではと考えます。初めて手にしたときの高揚感、作り手のこだわりに惚れ惚れとしたこと、使い続ける日々の中で紡がれた大切な思い出……。そういったさまざまな「記憶」が、人とものを、長きにわたって、幸せなかたちで繫ぎ合わせていくのです。〈ミナ ペルホネン〉のデザイナー・皆川明さんをはじめ、たくさんの方々に「使い続けたくなる、愛しいもの」にまつわるエピソードについて聞いてみました。
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