出版不況の中で、社員数15人以下の小規模出版社ながら累計発行部数として2000万部以上の書籍を手掛けた編集者がいる。草下シンヤさん(46歳)だ。
しかも手掛けているのは“裏社会”のことなど、他の編集者ではおよそ手が出せないようなヤバい本ばかり。
X(旧Twitter)のフォロワー数は約13万6000人。SNS発信のマンガ「地元最高!」をヒットに導き、YouTubeプロデューサーとして「丸山ゴンザレスの裏社会ジャーニー」を登録者数120万超えの人気番組に成長させるなど、書籍の編集者でありながら、今の時代に“バズる”コンテンツを生み出している。
そのノウハウを惜しげもなく詰め込んだ『ヒットを生む技術 小規模出版社の編集者が“大当たり”を連発できる理由』(鉄人社)が話題だ。
草下さんは彩図社で編集長としての業務を担いつつ、自らも小説やノンフィクション作品を執筆する作家、漫画原作者として活動してきた。おそらく、“日本一忙しい編集者”と言っても過言ではなく、「一時期は“分刻み”のスケジュールになっていた」と語るほど多忙を極めていた。
今回は、そんな超マルチタスクをこなしながらも大きな結果を生み出し続ける“仕事術”について聞いた。(記事は全2回の1回目)
◆「時計は持たない」「連絡はLINEに一本化」あえて不便さを残す
今年(2024年)9月末に編集長を務めていた彩図社を辞めるまで、主に編集者、漫画原作者、YouTubeの企画立案など、複数の仕事を並行してきた草下さん。どれくらいの仕事量を年間でこなしていたのだろうか。
「漫画は原作が3本、連載担当が2本、担当編集が2本。書籍は担当編集が20冊、編集長業務で70冊、あとはYouTubeの動画を200本アップしていました。本の執筆は年に1冊とか。他にも頼まれて雑誌に記事を書いたり、裏社会系の相談に乗ったりしていました」
たった1人で普通の編集者10人分くらいの“人生”を同時に送っているように思えるが、やることが多すぎてパニックになりそう。
タスク管理が気になるところだが、草下さんは意外にも「あえてガジェットは持たずに、不便さを残すようにしています。時計すらもつけていません」という。
「スマホを持ち始めたのは、ここ5年くらい。本当は忙しくなるから持ちたくなくて、ガラケーで粘っていたのですが……7年近く使っていたガラケーがついに壊れて、仕方なく買いました。スマホは仕事上こまめに見ますけど、連絡が来ると返しちゃうから、なるべく見たくないです。連絡ツールもいろいろあると思いますが、LINEに一本化してもらっています。SlackもChatworkもTeamsもよくわかりません(笑)」
タスク管理で使っているのはスケジューラーだけなのだとか。分刻みのスケジュールの中で、息抜きもしっかりしているという。
「2時間くらいスマホを見ずに済むので、サウナはいいストレス発散になるんです。池袋の『かるまる』には、よくお世話になっています。ワーキングスペースで原稿も書けますしね」
なるべく7時間は寝るようにして、睡眠時間もきちんと確保しているとのこと。「寝ないでこんなに仕事はできないんで」と語るとおり、どれも草下さん本人にしかできないものばかりだ。
◆「1日で原稿150枚書き上げる」“早い仕事”ができる環境を作っておく
当たり前の話だが、1日は24時間しかない。
草下さんは、過去に『実録ドラッグ・リポート アジア編』(彩図社)を1日で原稿150枚を書き上げたことがあるという。『ヒットを生む技術 小規模出版社の編集者が“大当たり”を連発できる理由』(鉄人社)のあとがきは、スマホのメモ機能を使って1時間で書き上げたそうだ。担当編集者いわく、「赤入れ(修正)する必要がまったくなかった」とか。
草下さんによると、コツは「“早い仕事”をする」ことだという。これは、ただ早く仕事をこなせばいいわけではない。
スピード感を持って進めることができて、修正があまり入らないような仕事をする、という意味なのだとか。
「“遅い仕事”ということは、越えなきゃいけない課題があるということ。課題の解決が難しいから時間がかかるんです。原因としては、人脈がないか、知識や経験が不足していることが多いですね。
早い仕事は、始める前から課題がきれいにクリアされていて、一本の線でつながっています。だから、普段から人間関係を円滑にしておいたり、インプットをして引き出しを増やしたりと、環境を作っておくことが大事なんです」
仕事を優先すると、プライベートが犠牲になりがち。しかし、環境作りも意識して、人間関係には気をつけていたのだという。
「どんなに忙しくても、お祝い事に呼ばれたら出席したり、友達が犯罪を犯したら面会に行ったりしていました。やると決めたことはやります」
インプットは、どのようにしていたのか。実はそこに、ヒット作を生み出すコツが隠されていた。
◆話題になったものを「自分だったら」という視点で見る
インプットに関しては「どんなジャンルでも話題になっているものは、ひと通り見るようにしています。売れるような特性がある、ということなので」と話す。その中には、イマイチなものもあるはずだが……。
「基本的には意地悪な思考をベースにインプットしない方がいいですよ。あえて誹謗・中傷をするために情報を探す人もいますが、それは負の感情だから、腐ってしまう。豊かじゃないし、育ちません。ポジティブに『楽しもう』『いいところを見つけよう』と思って見たものだけが蓄積されていき、いつか成熟させることができるんです」
草下さん独自の仕事術が光るのは、その先だ。
「ただ、もしもすごい話題になってるのに『イマイチだな』と思ったら、実はこれがいい企画になるチャンスなんです。自分が『何かが足りない』と思ったということは、同じように思った人もいるはずなので。
『こういう観点だったらもっと面白くなるな』『自分だったらこうするな』という視点を意識すると、アイデアが出てきます。ヒットしている商品の特性のところから、自分なりのものをアジャストすれば、新しい企画になるんですよ」
例えば、草下さんは『13歳のハローワーク』(幻冬舎)を読み、「これで自分がよく知る裏社会バージョンも作れば面白いのでは?」と思って『裏のハローワーク』(彩図社)を作った。他にも『読めないと恥ずかしい漢字』(河出書房新書)を読んで、「自分は漢字を読めるけど書けないことが多いな」と思って『書けないと恥ずかしい漢字』(彩図社)を作った。
このように自分なりの視点に置き換えることの他にも、大事なのはインプットの“量”だという。
「何かを作り出す時は、自分の中に積み重なっている情報や感覚から、その都度で必要なものがピックアップされるんです。5のインプットから、5のアウトプットは生まれません。本だけでなく、映画、絵画、音楽……それらはすべて、脳に刻まれています。どれだけインプットを続けて蓄積したかが、勝負になってくるんですよ」
いろいろなものに興味を持ち、引き出しを増やしていく。こうして作られたもののひとつが、『文豪たちの悪口本』(彩図社)だ。草下さんといえば“裏社会”のイメージが強いので、意外に思えるが……。
「中原中也が好きで、昔からよく読んでいたんです。彼はすごく毒舌で、そんな彼の手紙を読んでいた経験から、あの本が生まれました」
◆「自分が面白いと思えることが一番」
膨大なインプットの中から、面白いものをすくい上げ、ビジネスになるものを見つける。これは自身で実践するだけでなく、編集長として後輩たちにも伝えてきたのだという。
「僕はよく『君にしか作れない企画を出してほしい』と、会社の人間に言ってきました。企画で大事なのは、オリジナリティです。自分が何かのオタクになるか、趣味に走ってみれば、きっと読者はついてくるんです。僕もある意味では、裏社会オタクだと思います。それを見たい人がいるから、商品になるんです」
まずは自分が「面白い」と思えることが一番で、「お金のために仕事をしたことはありません」と断言する。
「編集でも創作でも、がんばってもうまくいくとは限らないんです。前の作品が売れても、次の作品が売れるなんて全然わからない。ただ、努力することで、その可能性をあげることはできます。そうやって一生懸命取り組むことが大事なんです。
自分も楽しんでいると、相手にも伝わります。以前、読者から『本をまるまる一冊、初めて読めました』という感想をもらったことがありました。あれはすごく嬉しかったですね」
——彩図社を退職し、今後は編集者から作家業をメインにシフトする予定で、YouTubeの企画と漫画原作に仕事を絞っているという草下さん。てっきり時間ができたと思いきや「漫画原作は9本になりそうで、まだまだ忙しくなりそうです」と笑う。
草下さんは、さまざまな形でこれからもヒット作を生み出し続けていくのだろう。
<取材・文/綾部まと、編集・撮影/藤井厚年>
【綾部まと】
ライター、作家。主に金融や恋愛について執筆。メガバンク法人営業・経済メディアで働いた経験から、金融女子の観点で記事を寄稿。趣味はサウナ。X(旧Twitter):@yel_ranunculus、note:@happymother