しゃがまずに草花の手入れができるプランター「ベジトラグ」。春にガーデンストーリーからハーブ苗とのセットで限定発売しましたが、ハーブ栽培はもちろん昆虫観察にもぴったり。この夏、蝶の産卵から羽化までを見守った二方満里子さんの昆虫観察日記をご紹介します。

しゃがまずに草花の手入れができるベジトラグ

ことの発端は「ベジトラグ」というレイズベッド型家庭菜園用のプランターを手に入れたことだった。

このベジトラグは、幅61cm、奥行き37cm、深さ21cm、総丈81.5cm、要するに足付き大型プランターを想像していただければよいと思う。高さがあるので、苗を植え付けるにも、手入れをするにも、収穫するにも背をかがまずにすべての作業を立ったまま行える。草花の手入れをしている時、またその後でギックリ腰になって悩んだ経験のある方には、うってつけのプランターである。

かなりの大きさがあるので、いろいろな花苗を寄せ植えして見応えのある花景色を作れるし、無農薬有機肥料栽培のおいしい野菜も作れる。

ベジトラグで10種のハーブを栽培

さて、私はここにハーブの寄せ植えを作ることにした。タイムやローズマリーは肉料理に欠かせないし、バジルはパスタ料理の格をぐんと上げてくれる。新鮮なハーブをチョイと摘み取って料理に使えるのは、お店で買うよりずっとお得だし、何よりおいしい。

植え付けたハーブは、ローズマリーの立ち性と這い性のもの、斑入りタイム、縮葉パセリ、イタリアンパセリ、セージ、カレープラント、ワイルドストロベリー、ミントなど10種。ローズマリーの深緑からワイルドストロベリーの若緑までのさまざまな形の緑、斑入り種も含めて、爽やかな野原のようなシーンが演出ができた。

道路際に設置してあるので、近所の方と

「これは何ですか?」

「イタリアンパセリですよ。サラダに入れたり、スープに入れたりします。試してみませんか? どうぞ好きなだけで摘んでいってくださいね」

「あら、まあ! ありがとうございます」

というような会話を楽しみ、親交を深めることもできたのだ。

ベジトラグの深さは十分にあったので、水やりに神経質になる必要がない。ズボラな性格の私のお世話でもスクスク育ち、この夏はさまざまな料理に使った。丈高く茂りすぎたハーブはカットして、束ねて部屋の飾りにしたり、ハーブバスにして楽しんだりもした。


セージやパセリを衣に混ぜて、ハーブの香りをまとわせたカツレツ。

蝶を呼ぶハーブ

ある時、ベジトラグにアゲハチョウが飛来しているのに気づいた。アゲハチョウはそれほど珍しい蝶ではないが、黒と黄色の模様が派手で目立つ蝶だ。ハーブに止まったらスマホで写真を撮ろうと待ちかまえた。

すると、蝶はイタリアンパセリのつぼみに羽をパタパタさせながら、前足でつかまり、腹の先をつぼみにこすりつけ始めた。

「おおっ!もしかして産卵?!」

私はスマホをビデオモードに切り替えた。蝶は何度も位置を少しずらせて、産卵の動作をくりかえすと、ツイと飛び去った。時間にして10秒くらいだっただろうか?

イタリアンパセリのつぼみにピントを合わせて写真を撮り拡大してみると、緑色を帯びた薄い黄色の卵が6個。大きさは直径約1mm。初めて見る蝶の卵は、ツヤツヤした半透明で神秘的ですらあった。イタリアンパセリに産卵したから、これはキアゲハの卵である。

蝶は種類によって、幼虫が食べる食草が決まっている。ひらひら飛んでいる時は、キアゲハか、ナミアゲハか区別がつかないが、キアゲハの食草はセリ科(ニンジンやパセリなど)、ナミアゲハの食草はミカン科(レモン、キンカン、山椒など)とはっきり区別されている。

翌日、卵に変化が現れた。卵の中央に土星の輪のような線模様が現れたのが一つ。また、卵の半分が茶色に変わっているのもあった。この卵には確かに生命が宿り、動き始めたのだと実感させる変化だ。小さな小さな卵たちだが、宇宙の星のように見えてきた。よし、この先をしかと見届けよう!! と思ったのが悪かったのか良かったのか、私の小さなハーブ畑は幼虫のキンダーガーデンとなり、私は給餌係として懸命にイタリアンパセリを栽培することになった。

(広告の後にも続きます)

ベジトラグで昆虫観察

まず、イモムシが嫌いな人はこの項目はスルーすることをおすすめしたい。苦手だけど、なんとか我慢できる方のために「幼虫くん」と君付けで呼ぶことにする。少しだけ苦手意識が和らぐかもしれない。

卵が孵化したのは、産卵から4日目。全部の卵が孵って、幼虫くんが6匹誕生した。体長2mm。黒くて全体にトゲトゲがある。この幼虫時代は約2週間。イタリアンパセリの葉をバリバリ食べて、2mmから最終的には4~5cmまで大きくなる頃には、イタリアンパセリが丸坊主になり、園芸センターで新たな苗を2つ買って植え直した。幼虫くんは大きくなるとともに、体の色も刻々と変化した。

① 黒にオレンジのドット
② 黒と白の縞模様にオレンジのドット
③ 黒と緑の縞模様にオレンジのドット

というように、最終的にはかなり派手でキャッチーな堂々たる姿になった。

幼虫くんは1齢から5齢という順に大きくなり、その度に脱皮をしてグンと大きくなる。脱皮とは文字通り表皮を脱ぐこと。古くて窮屈になった服を脱ぎ捨て、新しくてカッコイイ服に着替えて出てくるみたいなものだ。幼虫くんは食草を食べるために移動する以外、あまり動かない。食っちゃ寝、食っちゃ寝し、脱皮を繰り返して見事にムクムクの太っちょに成長した。

その頃、立派に成長した1匹の幼虫くんがたくさんのアリに襲われるという事件が起きた。のたうちまわって必死にアリを振り落とそうとしている姿は、可哀想で見るに忍びなかった。これまで成長を見守り、意外に可愛いなぁ、と段々感情移入してきたところだったので、私としては悲しい事件であったが、これが自然界だ。ここで私は方針転換し、幼虫くんを飼育箱に移して飼うことにした。

ガットパージとワンダリング

娘に依頼しホームセンターに飼育箱を買いに行ってもらったが、そのわずかな間にも確かに3匹いたはずの幼虫くんが1匹しか姿が見えなくなった。アリに連れて行かれたのか、それとも鳥が飛んできてかっさらっていったのか。私は焦りながらも、とにかく最後の1匹を飼育箱に移した。小さな鉢に植えたイタリアンパセリと割り箸も一緒に入れた。割り箸はサナギになる時、ぶら下がるため用である。

飼育箱に入れて4日目。白いキッチンペーパーが緑色に染まっているのに気づいた。これは「ガットパージ」といわれる体液の排泄で、サナギになる前の準備行動だ。身体の中に体液が残っていると、サナギの間に腐敗して死んでしまうこともあるため、全部出し切ってしまわないとならないのだ。


飼育箱の天井で動かなくなった幼虫くん。

ガットパージを終えると、幼虫くんは今まで見たこともないくらいのスピードで、箱の中を隅々まで動き回った。一体何を探しているのだろうと調べると、これはサナギで過ごす最適な場所を探す「ワンダリング」という行動らしい。幼虫くんは散々飼育箱の中を動き回ったあげく、私が用意した割り箸ではなく飼育箱の天井にぶら下がって、動きを止めた。そしてモヤモヤした糸をたくさん出し、さらに太い一本の糸で体を天井に結びつけ動かなくなった。

卵から孵化し、脱皮を繰り返して大きくなったのは、いわばDNAに組み込まれた変化だ。お母さんがちゃんと食草に生みつけてくれたおかげでもある。しかし、サナギの前のワンダリングには、各自の才覚が必要だ。適当なところでサナギになってしまえば、鳥に食べられてしまったり、雨風に吹かれて飛んでいってしまう。ワンダリング(wandering)とは英語で「さすらい」「放浪」「あてどのない旅」という意味だが、快適で安全な場所を求める幼虫くんのワンダリングは「積極的さすらい」であり、意思が感じられる。サナギから蝶になるには、大人になろうとするときにはワンダリングが必要なのだ。果たして私は、ちゃんとワンダリングしただろうかと、ふと思う。

サナギ時代

幼虫くんは、シマシマ模様のまま天井からぶら下がって、まる1日が過ぎた頃に、最後の脱皮を終えて薄茶色のパリッとした表皮のサナギに変身した。ついにサナギになったのだ。サナギはぶら下がったまま、まったく動きがない。時々死んでしまったのではないかと心配になる。サナギの内部では、蝶になるために大変な組み立て作業が行われているという。最初はドロドロに溶けた状態になって、空を飛ぶための頑丈な腹部の筋肉を作り、頭部、手足など成虫の体の部分ができていくそうだ。だから、サナギになった初めは動かしてはいけないと言われている。心配のあまり触りそうになったが、やめてよかった。今は静かに見守るのが正しいのだ。そういえば、子育てでもそんなときがあったかもしれない。それにしても全く生命とは不思議だ。知らないことばかりである。

羽化

サナギになって10日目。朝6時。飼育箱のなかには金色に輝く羽をゆっくり伸ばしたり閉じたりしているキアゲハがいた。生まれたばかりのキアゲハの目は濡れたように黒々としていた。頭部と腹部は柔らかな毛に覆われていたのは意外だった。全身が黄金色の光を放っていた。しばらく放心したような心持ちだった。

そうだ、この子はサナギになってから何も食べていない。何か食べさせてから大空に放ちたい。蝶になってからは花の蜜しか食べないので、薄い砂糖水とスイカを飼育箱に入れてみた。だが、スイカも砂糖水も口にしなかった。そして、飼育箱の中をバタバタ飛び回り始めた。空に放つ時間がきたようだ。


成虫のキアゲハは花の蜜を吸う。花の種類は特に選ばない。

玄関に出て飼育箱の蓋を取ると、あっという間もなく飛び出していった。大空へ、光さすほうへ。これから成虫としての旅が始まる。その旅が喜びに満ちた幸せな旅でありますように。パートナーを見つけ、新たな命をつなぐことができますように。私は、蝶の旅の無事をそっと祈った。

この夏、思いがけず蝶の命のサイクルを見守ることになったのは、ベジトラグでのハーブ栽培がきっかけだった。ベジトラグの高さは幼虫の観察にもちょうどいい高さだったのである。一夏のキアゲハ観察は、生き物を見つめる貴重な体験となり、地球の生物が生まれた時間の長さに想いを馳せ、地球上の全ての生物の命の大切さにも気づかせてくれた。こんな経験をぜひ小さな子どもにも、大人にもしてほしいと思う。そして、80を手前にする私だが、これからワンダリングしてみてもいいかもしれない、と思っている。

Credit

写真&文 / 二方満里子


ふたかた・まりこ/早稲田大学文学部国文科卒業。CM制作会社勤務、専業主婦を経て、現在は日本語学校教師。主に東南アジアや中国からの語学研修生に日本語を教えている。趣味はガーデニング、植物観察、フィギュアスケート観戦。

写真/3and garden(記載外)