買い手の株式評価手法 ~マルチプル法(類似企業比較法)~
類似会社比較法は、マーケットアプローチという市場を参照する評価手法のひとつで、マルチプル法といわれることもあります。具体的には、評価を行う対象企業の類似会社にあたる上場会社の市場株価(時価総額)と、営業利益やEBITDA、純資産といった財務指標から算出された倍率(マルチプル)を評価対象会社に適用することで、事業価値を算出する方法です。
式にして簡単にすると算定は以下のようになります。ここでは中小企業M&Aでよく採用される、EBITDAを財務指標に採用しています。
【評価対象会社の事業価値 = 類似会社のEBITDAマルチプル × 評価対象会社のEBITDA】
(類似会社のEBITDAマルチプル =〔上場類似会社の企業価値(時価総額に純有利子負債等を加味したもの)〕/〔上場類似会社のEBITDA〕)
●評価対象会社のEBITDAの算定
EBITDA(イービットディーエー/イービットダー)は「Earnings Before Interest, Taxes, Depreciation and Amortization」の略です。日本語だと「利払い前、税引き前、減価償却前、その他償却前利益」といった意味になります。損益計算書からEBITDAを簡単に計算する場合、以下の計算式で試算するとよいでしょう。
【EBITDA = 営業利益 + 減価償却費】
オーナー企業では、オーナーの高額な役員報酬や、事業と関連性の低い交際費支出などのいわゆるオーナーコスト(営業損益の計算に含まれているもののみ)を加算し、譲渡後の事業の収益性を表現する調整を加えます。この場合、算式は以下のようになります。
【調整後EBITDA = 営業利益 + 減価償却費 + オーナーコスト】
●類似会社の選定
EBITDAマルチプルを使って事業価値を算定する場合、上場する類似会社をどのように選択するかによって算定結果は大きく依存します。
類似企業の選定は、評価対象企業と同じ業界・業種の上場企業はもちろん、ビジネスモデル、収益構造、取り扱う商材、顧客層などの類似性から検討するケースもあります。あまりにも規模が大きな企業や、マルチプルの算出に用いる利益指標がマイナスである会社や、算出されたマルチプルが異常値と考えられる会社を類似会社から除外するケースもあります。
(参考)類似取引比較法
なお、マーケットアプローチには、類似会社比較法のほか、類似するM&Aによる取引事例を用いた類似取引比較法という方法が存在します。しかし、参照する過去の取引における対象会社が非上場である場合、入手可能な財務数値が限定的であるため、同方法が中小企業のM&Aで利用されることは少ないのが現状です。ここでは説明を割愛します。
●株式価値の算定
以上で算定した事業価値を用いて、以下の計算式で株式価値を算定します。
【事業価値 + 非事業資産 - 純有利子負債 = 株式価値】
非事業資産の価値算定はシンプルで、投資用・遊休の不動産、投資有価証券など、本業と関連性がなく換金性のある資産の時価を採用します。
なお、事業価値と非事業資産を合算したものを「企業価値」といいます。
純有利子負債は、外部の第三者に対する借入金、社債の残高から現金預金残高を控除した純額と考えてください。例えば、金融機関に対する借入残高が3億円、現金預金残高が1億円だった場合、【3億円-1億円=2億円】が純有利子負債となります。
●流動性ディスカウント
ここまでで上場する類似会社の株価を起点として、対象会社の株価が算定できました。ここでひとつ注意したいのが、非上場会社は上場会社のような株式の流動性がないため、一定の割引評価がなされる場合があるという点です。これを流動性ディスカウントといい、具体的には上場会社の株価に基づき算出されるマルチプルに対して20~30%の割引が行われます。
このほかに、コントロールプレミアム、小規模ディスカウント等が加味されることがあります(今回は詳細を割愛します)。
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中小M&Aにおけるマルチプル法の課題
ここまで見てきたマルチプル法は、計算方法がシンプルでわかりやすいという利点がある一方で、算定において採用する類似企業の選定が難しいという課題があります。そのため、試算結果はあくまでも参考値として利用するのがよいでしょう。業界やビジネスの十分な理解がなければ、まったく類似といえないビジネスモデルの企業などを採用してしまい、試算結果も意味がないものになってしまいがちです。
最近では、FAはもちろんのこと仲介会社においてもマルチプル法が採用される場合があるようですが、中小企業のM&Aを支援する業者においては類似企業の選定をしっかり行える人材が少なく、計算のクオリティに疑問が残るケースが少なくありません。