9月初旬、イタリア・シチリア州の「ドンナフガータ」を訪ねた。生き生きと、まるで喜びが溢れるようなワインは、シチリアの太陽の下で、ワイナリーに引き継がれる伝統と情熱によって生み出されていた。

「ドンナフガータ」は、世界にシチリア・ワインを広めるという情熱の下、家族経営を貫いてきたワイナリーだ。もともとは170年以上マルサラ(*1)を造っていたファミリーで、少量生産と高品質なワイン造りを目標に掲げ、1983年にファミリーの4代目ジャコモ・ラッロ氏が妻のガブリエラさんとともにドンナフガータを創設した。現在は、息子で5代目のアントニオ・ラッロ氏と姉のジョゼさんが引き継ぎ、土着品種を大切にしながら、生き生きとして、モダンで個性溢れるシチリア・ワインを生み出している。

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*1 シチリア州トラパニ県で造られる酒精強化ワイン

シチリア州内、マルサラを含む五つのエリアに畑および醸造所を所有する。285ヘクタールと同社最大面積の畑が広がるコンテッサ・エンテリーナでは、計19種類もの土着品種と国際品種を栽培している。シチリア島のはるか南の地中海に浮かぶパンテッレリア島では白ブドウのジビッボだけを栽培する。2016年にはエトナとヴィットリアに畑を広げ、エトナでは白のカッリカンテと赤のネレッロ・マスカレーゼ、ネレッロ・カップッチョを、ヴィットリアではネーロ・ダヴォラやフラッパートなどを中心に栽培し、若々しくフルーティーな赤ワインを生み出している。各地で造られたワインはマルサラのセラーに運ばれ、ドンナフガータにとって最も歴史深いこの地で熟成とボトリングが行われ、世界各地に届けられる。

『コンテーサ・デイ・ヴェンティ 2021年』(ネーロ・ダヴォラ100%)は赤系果実のチャーミングな香り。タンニンは軽やかで、よく冷やして楽しみたい。現地では魚介のグリルとともに

パンテッレリア伝統の独自栽培

パレルモ空港から1時間弱のフライトを過ごすと、シチリア島よりも南アフリカ大陸のチュニジアに近いパンテッレリア島に辿り着く。島から海を見渡すと延々と続く水平線と空の境目が曖昧で、ため息がもれるほど美しい場所だった。2016年には、島の大部分が国立公園に指定されている。火山性の真っ黒な土壌で、降水量が少なく乾燥しており、マスカット系品種のジビッボのほか、オリーヴやケイパーが主に栽培されている。ここでは、窪地(コンケ)に樹を植え、枝が地面と水平になるように育てるアルベレッロ・パンテスコと呼ばれる独自の栽培方法が採用されている。樹を低くすることで島に吹く強い風から植物を守ることができ、サステイナブルかつ独創的な栽培方法として、 14年にユネスコの世界無形文化遺産に登録された。

わずか7000人ほどの人が暮らすパンテッレリア島

アルベレッロ・パンテスコ方式でジビッボを育てる。ここはフィロキセラ(ブドウ根アブラムシ)に強い土壌で、多くのブドウが自根だという

今回、ドンナフガータがパンテッレリア島に所有する16区画のうちの一つ、カンマを訪れた。ジビッボの畑は標高0~400メートルにかけての斜面にあり、雨による土砂崩れを防ぐために段々に設えた合計40キロにも及ぶ石垣が畑を支えている。水はけの良い火山性の砂質土壌で、ブドウ樹は深く根を張ることで地下の水分を吸収できる。乾燥した気候だが、この地下水と朝露だけで水分を確保し、灌漑は行わない。ジビッボこそが、この過酷な栽培環境でも上質なワインを生み出せる適種だという。

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甘美な『ベン・リエ』新ヴィンテージ発売

こうして育てられたジビッボから、ドンナフガータでは辛口の『リゲア』と甘口の『ベン・リエ』『カビール』を造っている。特に、ベン・リエはドンナフガータにとってチャレンジングなワインだ。一般的に、1リットルのワインを造るのに使用されるブドウは1.3キロほどだが、ベン・リエは4キロものブドウを使用する。ブドウを贅沢に使って得られたモスト(果汁)100リットルに対し、発酵中に74キロの干しブドウを投入し1週間から10日間接触させ、もう一度ソフトプレス機で圧搾、あらためてタンクに入れる。これにより、糖分、酸、アロマが凝縮された甘口ワインが出来上がる。干しブドウはすべてを一度に入れると糖分が多すぎて発酵しきれず、ベタッとした口当たりのワインになってしまうが、段階的に入れることでよりエレガントなワインに仕上がるという。

『ベン・リエ』の2008年、11年、13年、16年、21年を垂直試飲。木樽を使わないことで、熟成が進んでも味わいにコクや深みを出しながらエレガンスも保つことができる

「干しブドウを少しずつ入れる方法はコストがかかる上、発酵のコントロールも難しくなる。ドンナフガータにとって挑戦的な造りですが、これが私たちのスタイルなのです」と広報担当のバルド・パレルモ氏。また、ブドウそのものが持つ豊かな風味とエレガンスを表現するため、木樽は使用しない。ステンレスタンクで発酵後、すぐに瓶内熟成させるそうだ。

このほど『ベン・リエ 2017年』発売が発表された。17年は温暖な気候が続き、理想的なパッシート(*2)ができたという。香りはアプリコットや砂糖漬けのオレンジピールなど、とてもアロマティック。口に含むと、やさしい甘さと伸びるような酸が調和し、コクを伴う苦味が長い余韻へと続く。全世界3717本限定で、すべてのワインに個別のシリアルナンバーが付いている。記念日などの特別な日にゆっくり味わいたい甘口ワインだ。

*2 収穫したブドウを乾燥させること。果汁が凝縮され、アルコール濃度が高くコクのあるワインに仕上がる

『ベン・リエ 2017年』は3717本の限定生産。夕焼けのような色調が美しい

雨や朝露から守るため、屋根の下でブドウを干す。糖度が上がりすぎないよう、ある程度水分を保つようにする