父の死後、遺留分を侵害する遺言書が発覚したら…
被相続人が亡くなったあとで、自身の遺留分を侵害する内容の遺言書があることを知ったら、どのように対処すればよいのでしょうか? ここでは、遺留分を侵害された場合の対処法を解説します。なお、被相続人は父、相続人は長男と二男であり、父が「長男に全財産を相続させる」という旨の遺言書を遺していたことを前提とします。
弁護士へ相談する
遺留分が侵害されていることを知ったら、まずは遺留分侵害額請求をするかどうかを検討します。遺留分侵害額請求をしないのであれば、特に手続きを取る必要はありません。ただし、長男に対して「自分は遺留分を請求するつもりはない」などと明言しておくと、長男が安心する可能性は高いでしょう。
一方、遺留分侵害額請求をしたい場合は、早期に弁護士へご相談ください。遺留分侵害額請求は自分で行うこともできますが、弁護士へ依頼して行うことがおすすめです。なぜなら、弁護士へ依頼することで、計算を誤り本来よりも少ない額で請求してしまう事態を避けやすくなるためです。また、当事者間で金額についての意見が相違した場合であっても、安心して対応を任せることができます。
期間制限に遺留分侵害額請求をする
遺留分侵害額請求には期間制限があり、その期間を超過すると請求ができなくなります。そのため、期間制限を特に意識して請求しましょう。原則として、遺留分侵害額請求の期間制限は遺留分侵害の事実と相続開始を知ってから1年間です(民法1048条前段)。ただし、遺留分侵害の事実などを知らないままであっても、相続開始から10年が経過するともはや請求することはできません(民法1048条後段)。
遺留分侵害額請求をする方法は次のとおりです。
・内容証明郵便で直接請求する
・調停を申し立てる
・訴訟を申し立てる
・内容証明郵便で直接請求する
民法には、遺留分侵害額請求の方法について特に定めはありません。そのため、口頭での請求や普通郵便での請求であっても、請求の効果自体は生じます。しかし、あとから「請求されていない」や「確かに請求されたが、そのときにはすでに時効を経過していた」などと主張された際に、口頭や普通郵便では、期間制限内に請求したことの証明が困難です。そこで、遺留分侵害額請求は内容証明郵便で行うことが一般的です。
内容証明郵便とは、いついかなる内容の郵便が誰から誰に差し出されたかを日本郵便株式会社が証明するサービスであり、期間制限内に遺留分侵害額請求したことの証拠が残ります。遺留分侵害額について双方の交渉が成立し、侵害額相当額の金銭の支払いを受けられたら、その時点で事件は終結します。
・調停を申し立てる
内容証明郵便で遺留分侵害額請求をしても、相手方が請求額を支払わないことがあります。また、侵害額に関する見解が相違して、意見がまとまらないこともあるでしょう。その場合は、遺留分侵害額請求調停を申し立てて解決を図ります。
調停とは、調停委員の立ち合いのもと、家庭裁判所で行う話し合いの手続きです。話し合いといっても相手方と顔を合わせて議論をするのではなく、調停委員が当事者双方から交互に意見を聴く形で進行します。無事に意見がまとまると、調停成立となります。
・訴訟を申し立てる
双方の意見がまとまらず、調停が不成立となった場合は、裁判所に訴訟を申し立てます。
訴訟とは、資料などを提出し、裁判所に遺留分侵害額などを決めてもらう手続きです。判決に不服がある場合は、判決の送達を受けた日から2週間以内に控訴ができます。一方、期限内に控訴をしなかった場合は判決が確定し、当事者双方がこの判決に従わなければなりません。なお、調停や訴訟で支払うべき遺留分侵害額が確定したにもかかわらず期限内に支払わない場合には、強制執行の対象となります。
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生前にできる主な遺留分対策
遺留分があることを知っていても、遺留分を侵害せざるを得ない場合もあるでしょう。たとえば、財産の大半が自身の経営する会社に関連するものでありその跡継ぎが長男である場合や、財産といっても現在長男一家と同居している自宅不動産だけである場合などです。では、財産を遺す側の立場として、生前にできる遺留分対策としてはどのようなものがあるのでしょうか? ここでは、次の前提で解説します。
・本人(遺言者):父
・将来相続人となる予定の人(「推定相続人」といいます):長男と二男の2名
・遺言者の悩み:長男に多くの遺産を相続させたいが、二男の遺留分が気がかりである
(前提)遺言書を作成する
遺留分対策をする場合、遺言書を作成することが大前提です。遺留分は、遺言書や多額の生前贈与があった場合に初めて登場する概念であるためです。せっかく遺留分対策をしても、遺言書を作成しなければ本末転倒であることには注意してください。
遺留分を放棄してもらう…ただし、原則「見返り」が必要
生前にできる遺留分対策のうち、もっとも強力な効果を発揮するのは、遺留分の放棄です。被相続人の生前に「相続放棄」をすることはできない一方で、「遺留分放棄」は生前に行うことができます(民法1049条1項)。
ただし、遺留分放棄はたとえ財産を遺す人(父)であっても強制的にさせることはできず、推定相続人である遺留分権者(二男)が自らの意思で行わなければなりません。そのため、生前の遺留分放棄は父と二男との関係性がよく、二男が遺留分放棄について前向きであることが大前提です。
また、生前の遺留分放棄には、家庭裁判所の許可が必要です。許可を受けるには放棄する者本人の意思であることのほか、父から二男に生前贈与をするなどいわゆる「見返り」が必要となることが原則であり、申立てさえすれば許可されるものではありません。
生前の遺留分放棄をしたい場合は、弁護士への相談を勧めます。弁護士へ相談することで、そのケースで遺留分放棄が許可されそうかどうか見通しを立てることが可能となります。
生命保険を活用する
原則として、生命保険は遺留分計算の基礎に含まれません。そのため、遺産となるはずであった預貯金などを生命保険の掛金とすることで、遺留分計算の対象額を減らすことが可能となります。
例のケースでは、遺言者である父が生命保険の契約者かつ被保険者となり、死亡保険金の受取人を長男とすることが考えられます。ただし、遺産の大半を生命保険とするなど、「保険金受取人である相続人とその他の共同相続人との間に生ずる不公平が民法903条の趣旨に照らし到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情が存する場合」には、生命保険であっても例外的に遺留分の対象となる可能性があります(最決平成16年10月29日)。
そのため、あまり極端な対策は避けるととともに、実際に遺留分対策を講じようとする際は弁護士へ相談することをお勧めします。
家族会議などで理解を求める
家族会議で理解を求めることも、生前にできる遺留分対策の1つです。遺留分トラブルは、家族間のコミュニケーション不足などから生じることが少なくありません。
たとえば、父の遺産の大半が自社株など経営に必要な資産であり、後継者である長男に遺産の多くを相続させたいとします。この場合、生前のコミュニケーションがなく、父の死後はじめて「遺産の大半を長男に相続させる」旨の遺言書の存在を知った二男は、自分の遺留分が侵害された事実を不服に思い、遺留分侵害額請求をする可能性が高いでしょう。
一方で、自社株は簡単に換金できるものでないことや、後継者には会社との連帯保証などのリスクもあり、単に財産を渡すのとは大きく異なること、長男と二男との遺産の配分が異なることは愛情による差ではないことなどを生前に丁寧に説明することで、二男が遺産の配分に納得しやすくなります。その結果、相続発生後に二男が遺留分侵害額請求をする事態を避けやすくなる効果が期待できます。
なお、家族会議を経た結果、二男が「遺留分は請求しない」などの一筆を書いたからといって、法的に遺留分放棄の効力が生じるわけではありません。先ほど解説したように、遺言者の生前に遺留分放棄の効力を法的に生じさせるには家庭裁判所の許可が必要です。そのため、家族会議で二男の理解を得られたら、正式に遺留分放棄をしてもらうことも検討するとよいでしょう。