永遠へのバトンをつなぐものづくりを。原田マハと伊藤ハンスのブランド「エコール・ド・キュリオジテ」【後編】

伝統的なフランスのクチュールの技術を取り入れ、丁寧なものづくりを続けているブランド「ÉCOLE DE CURIOSITÉS(エコール・ド・キュリオジテ)」。毎シーズン、作家の原田マハさんが物語を書き、デザイナーの伊藤ハンスさんが服をデザインするという、他にはないスタイルでコレクションを仕上げている。多くの手間を惜しまず、服作りと真剣に向き合うふたりの思いを探った。

2024年秋冬コレクションはマーク・ロスコの人生に重ねて

2024年秋冬コレクションは、画家マーク・ロスコに着想を得た4行詩が出発点となっている。パリ郊外のフォンダシオン ルイ・ヴィトンで昨秋から今年4月まで開催されたロスコの大規模展に何度も足を運び仕上げた原田さんは、4行詩という形をとった。

「ロスコの絵は、内省的に迫ってくる印象があります。リサーチをするうちに、彼は内向きの作家で、絶望に満ちた人生を送ったのだと専門家の方に聞き、展覧会場で見つけた『自分が生涯をかけて求めていたのは色ではなくて光だった』という言葉の意味が、ようやく分かったんです」


2024年秋冬コレクション。瞬(またた)きを編み地で表現したニットKLYDE

ハンスさんともテーマをどこに据えるかを議論するなかで、「『絶望の物語かもしれない』という結論になったんです。最初に掌編を書いてみたところ、ハンスはどうも納得していない。時間もなかったので、これでいくしかないと思っていましたが、ギリギリのところで詩のインスピレーションが降りてきて。短いからエッセンシャルなことしか書けないのがかえってよかった。最後のパートにある小さな光の存在が、ロスコが感じたかもしれないものに近づけたかなと」

ハンスさんは完成した詩を読んで、「掌編からスタイルが一変してロスコらしさが際立っていました。最初にマハさんと『絶望の物語かも』と話したことについて、彼の生きた時代の気分が自分たちの今の気持ちとリンクするところがある気がしていました。今の時代、根底にあるものは暗くて辛い。世界は大変なことばかり起こっているけれど、その果てに光が見えると僕たちも信じたい」

この詩に、原田さんは、チカッと瞬(またた)くという意味を持つ「Glim(グリム)」というタイトルをつけた。「一瞬でも瞬く可能性があるなら、それに希望を見いだせるのが人間の力。絶望の闇の中、その果てにある光を追い求めたというロスコの人生は、私たちとも重なるものがある。コツコツと積み上げた最後に希望を見つけられたら」

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消費に抗いながら、永遠へとつなぐものづくりを

「このブランドとともに私自身が成長し、学ばせてもらっています」と原田さん。2024年春夏シーズンは、パリ・ファッションウィークの期間中に初めてショー形式での発表に挑戦。ひとつひとつ、着実に階段を上る「エコール・ド・キュリオジテ」に、ふたりはどのような未来を思い描いているのだろうか?


2024年秋冬コレクションより、DEBBIEドレス

「最初から決めていたのは、消費されるだけのものは作らないということ。本当の意味でサステナブルでありたいと思っています」と言う原田さん。ハンスさんはこう続ける。「服はどうしても残ってしまうもの。だから、どう責任を持って服を作り続けるかを常に考えています。もちろんビジネス面での継続も含めて」

原田さんは作家としてもキュレーターとしても、よく「永遠」について考えるという。「私たちが作ったものを永遠に残せるかどうかを、私たち自身には決められません。でも次の世代、その次の世代へとバトンを継承してもらえるようなものが作れたら、可能性が見えてくる。これを常に忘れずに、ものづくりを続けていきたいです」

一方で、さまざまな問題提起をされながらも、ファッションのサイクルは変わらず、消費のスピードは加速し続けている。

「どうやって消費に抗(あらが)うか。生産と消費がセットになっていることには非常に矛盾を感じます。でも、消費一辺倒になってはいけない。常に抗いながら、何かを残していきたい」と原田さん。ハンスさんも、「真面目なだけでは文化が成熟していかないように、さまざまな矛盾の中で、常に僕たちはエコールらしいバランスを探している気がします」

私たちが生きているのは、ブランドがあふれ、トレンドも服自体もどんどん消費されていく時代。今日何を着るか、明日何を着たいのか。どのブランドが欲しいのか。なぜ好きなのか。そういった私たちの選択ひとつひとつが未来へと新たな物語をつくっていく。「エコール・ド・キュリオジテ」に触れて、そんな途方もない永遠を考えたくなった。

interview: Izumi Miyachi(マリ・クレールデジタル編集長) , text: Mio Koumura

・原田マハさんが案内するアートを巡る旅
・原田マハと伊藤ハンス「エコール・ド・キュリオジテ」の物語からはじまる服づくり【前編】