業績不振などによって、割増退職金を提示して早期退職者を募集するケースは少なくありません。退職金が大きく上乗せになると聞いて、「このタイミングで辞めてしまおうか」と考えることもあるでしょう。しかし、後先考えずに早期退職をすると、その先に大きな後悔が待っているかもしれません。本記事では、早期退職に踏み切った年収1,200万円・元エリート会社員の木村武さん(54歳・仮名)を例に、早期退職で注意すべきポイントについて、南真理FPが解説します。
退職金3,000万円に貯金1,000万円、金銭的な不安はないと思ったが…
木村武さん(仮名、54歳)は、今年3月に大学を卒業してから30年以上勤めていた大手不動産会社を早期退職しました。元々、木村さんはバリバリの営業職で営業成績もトップクラス。優秀な成績が認められ、50歳のときに本社の営業部長に昇進し、年収も1,200万円ありました。
はたから見ればうらやましい限りのキャリアではあるものの、部長として各営業所の営業推進を任せられることは心身ともにプレッシャーも大きく、すっかり疲弊していました。
そんな状況のなか、昨年会社から業績不振のため早期退職の募集が告知されました。ここで辞めれば60歳時の退職金の予定額が2,000万円程度のところ、なんと1,000万円上乗せされて3,000万円支給されるとのこと。
これを見ると、木村さんの心はあっさりと早期退職に傾きました。
「子ども達も独立し、お金のかかる山場は越えた。この機会にしばらくゆっくりしてもいいんじゃないか。今なら退職金が3,000万円ももらえるし、貯蓄だって1,000万円ある。辞めてから先のことは考えればいい。4,000万円もあれば、うまくやれば年金受給まで働かなくても暮らしていけるんじゃないか?」
こうして木村さんは、早期退職の募集に飛びつく形で退職したのでした。
当初は十分な睡眠時間が取れて自由に散歩もできる日々に満足していた木村さん。しかし、それは最初だけでした。元々仕事一筋でプライベートを犠牲にしてきた木村さんに、趣味はありません。友人はもちろん現役で働いているので、木村さんと会う機会は限られています。
さらに、収入がないため通帳からどんどんお金が無くなっていくことに、言いようのない不安を感じ始めました。周囲は忙しそうにしているのに自分は暇。お金も減っていくという状況に、木村さんは大きなストレスを感じるようになったのです。
そして退職して約半年経った今になり、木村さんは「自分の選択は正しかったのだろうか」と、大きな不安を抱えるようになってしまいました。
そこで、木村さんは友人から紹介してもらったファイナンシャルプランナー(以下FP)にライフプランを相談することにしました。
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今の生活を続けると60歳で貯蓄が底を突いてしまうという現実
木村さんの家計の収支は以下のようになります。
【相談者プロフィール】
夫 木村 武さん(54歳):元会社員。現在は無職
妻 木村 聡子さん(52歳):専業主婦
※子ども2人はすでに独立
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〈収入〉
現在はゼロ
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〈支出〉
年間の支出合計:年472万円
生活費(食費・日用品費・光熱費・通信費):年192万円(月16万円)
住宅ローン:年96万円(月8万円。残債470万円。5年で完済の予定)
住居費(維持費・固定資産税など):年16万円
保険料:年24万円(月2万円。医療保険・がん保険)
車両費:年34万円
娯楽費等(旅行代・夫婦小遣い・妻美容代・被服費):年110万円
このほか早期退職後の海外旅行(1回限り)100万円
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〈金融資産〉
金融資産合計:3,500万円
退職金:3,000万円(手取り2,822万円)
預貯金:660万円
※退職当初は1,000万円の貯蓄があったが、半年間で約340万円を支出
※これとは別に失業保険(雇用保険の基本手当)が受けられる(150日間、約130万円受給)
木村さんは、470万円残っているマイホームの住宅ローンをあと5年払い続けなければなりません。これについては、退職金で繰り上げ返済という選択肢もあります。
ランチは外食に出ることが多く、食費は営業マン時代と変わっていません。妻の美容代や被服費などの支出もかかっています。さらに、失業保険が約130万円入ることを見越し、今まで頑張って働いてきたのだからと妻と一緒に豪華海外旅行に出かけ、100万円近く費やしました。
退職金3,000万円には手をつけていませんが、預貯金はこの半年だけで340万円減り、660万円になってしまいました。FPによれば、無収入のままで、なおかつ今のままの支出が続くと、木村さんが60歳のときには預貯金が200万円を下回るとのこと。公的年金が入るまでに家計破綻に陥ってしまいます。
この結果に木村さんは現実を突きつけられ、「確かに仕事は辛かったが、退職金の上乗せにつられて退職してしまったことは大きな間違いだったのでは」と青ざめました。