新宿で甘い夜を楽しむはずが…。待ち合わせ場所に来た女の顔を見て、28歳男が凍りついたワケ

◆これまでのあらすじ

大手製薬会社でMRとして働く、吉沢諒也(28歳)。営業内での成績はトップだが、プライドが高く、交友関係が狭い。ある日、目の治療のために訪れたクリニックで受付の女性に惹かれる。そのクリニックの担当MRである同僚の葵に、協力をお願いしたところ…。

▶前回:「内緒ですよ」とささやかれ…。新宿の眼科で28歳MRが惚れた、受付女性の“神対応”

異性の友だち【後編】



「及川。飲み会のセッティング、本当ありがとう」

諒也は、隣を歩く及川葵に、心から感謝の言葉を述べた。

諒也は、葵が担当している眼科クリニックで働く受付の女性が気になっている。意を決して打ち明けたところ、葵はさっそく連絡をとって、食事会を設けてくれたのだ。

女性の名は、見上有紀だという。

諒也は飲み会の前に、InstagramなどのSNSをチェックして、彼女のアカウントらしきものを探してみた。

見つけたものの、風景などの写真しかなく、めぼしい情報は得られなかった。

「大人数が苦手」との申し出があったようで、葵は、3人の飲み会として時間や場所の予定を組んでくれている。

仕事を終え、諒也は葵とともに、予約した店へと息を弾ませながら向かっているところである。

「まったく…。こういうときは予定空けてくれるんだから。職場の飲み会も参加してよね」

葵が、自分の都合のみを優先する諒也をたしなめる。

「わかった!次は必ず!」

諒也は、女性に関しては、遊び相手となるか交際相手となるかといった、偏った捉え方をしてきた。

だから、女友だちと呼べる存在はいないし、同僚女性との交友も、最小限にしていた。

― でも、同僚の女性と仲が良いっていうのも、案外役に立つもんなんだな。

今回の葵の働きを高く評価し、考え方を見直そうと思い始めている。

2人が勤める新宿の営業所から、歩いて10分ほどで店に到着。ビルの1階にあるイタリアンレストランに着いた。

ドアを開けて中に入ると、10卓ほどあるテーブル席が、半分程度埋まっている。

― まだ来てないか…。

諒也は店内を見渡すが、有紀らしき姿はないようだった。

奥へと進もうとしたところで、前を歩く葵が急に立ち止まる。

「んん?どうした?」

顔を覗くと、表情がやや強張っているように見える。

すると、テーブル席につくスラッと背の高い女性が立ち上がり、2人のほうを見て会釈をした。

「なんだ?知り合い?」

葵も女性に手を振り返すが、表情がさらにひきつっている。

― え…。もしかして…?

そこで諒也は理解した。

葵は、受付の女性の名前を勘違いしていたのだ。

よく見ると、視線の先にいる女性におぼえがある。

諒也がクリニックを訪れた際、受付の奥で事務作業していたもうひとりの女性だった。



「吉沢くん!マジごめん!」

食事を終えて有紀とも別れたところで、葵が手を合わせて謝罪の言葉を口にした。

やはり葵は、受付の女性2人の名前を逆に覚えていたのだ。

諒也の本命は、鮎沢唯というもうひとりの女性のほうだった。

「確かにLINEでやり取りしてても、なんか違う感じしたんだよね」

「おいおい、しっかりしてくれよ。ホント頼むよ…」

呆れたように言い返すと、葵が面目ないと顔をしかめた。

とはいえ諒也は、有紀のことを邪険に扱うような真似はしなかった。

「でも、吉沢くん。ありがとね。最後までちゃんと付き合ってくれて」

「そこは…。まあ、印象を悪くしても仕方ないしな」

有紀には人違いだったなどと感じさせないよう、紳士的に振る舞った。

もとは諒也からの好意を匂わせての誘いだったわけだが、そこは持ち前のトークスキルでシフトチェンジ。

仕事熱心な姿を装い、売り上げを伸ばすためのヒントになればと職場環境について伺いつつ、あくまで仕事上のアドバイスを求めているという姿勢を貫いた。

意見交換をしつつ、適度に流行の話題も盛り込み、和やかで有意義な時間となった。

「まあ、ほら。有紀さんも楽しそうにしてたし。これで唯さんにも繋がりやすくなったんじゃない?外堀から埋めていく…みたいな?」

「そうかな…。余計に声がかけづらくなった気もするけど」

今日の件に関しては、唯にも報告がいくはずである。

唯に関する情報量は少なく、彼女が自分に対してどんな印象を持つか、諒也は推し量れない。ここからどう距離を縮めていいものか、悩んでしまう。

― はぁ…。やっぱり女なんて頼りにするもんじゃないな。

見込みの外れた相棒に辟易していると、葵が顔を寄せてじっと見つめてきた。

「なんだよ…」

葵が、「それ…」と左目のほうに指先を向ける。

「え…目?まさか…?」

諒也が左の目もとに触れると、上瞼にズキンと痛みを感じた。

自宅マンションに戻った諒也は、洗面台の前に立ち、鏡で左の目もとを確認した。

「あーあ。またできちゃったよ…」

左目の違和感の原因は、ものもらいだった。

「くっそう。あいつのせいだ…」

先日処方してもらっていた目薬を差しながら、葵の顔を思い浮かべる。

受付の女性とコンタクトをとり、早急に飲み会の約束をとりつけてくれた葵。

だが、両者の名前を勘違いするという失態は、容認できるものではない。

結局は意中の相手と何の進展も得られず、ただストレスを抱える結果となった。

ストレスの大きさは、まぶたのできものが物語っている。

「目薬もこれじゃ足りなさそうだな。週明けにもらいに行かないと…」

目薬の容器を光に晒すと、残りの量が3分の1を切っていた。

処方してもらいに、クリニックに行かなければいけない。

今日の一件があって諒也はどうも気が乗らないが、仕事の動線を考えると、ベストな位置にあるのはあのクリニックである。

それに、唯と接触できるのは、今のところあの場所しかない。

身動きの取りづらい状況に追い詰められてしまったようで、もどかしさを覚える。

― なにが、『外堀を埋めていく』だよ。ふざけんなよ…。

帰り際に言っていた葵の言葉が、諒也の頭に浮かぶ。

怒りの矛先を葵に向けるしか、現状を受け入れる方法が見当たらなかった。



週明けのクリニックの待合室は、前回訪れたときよりも人の数が少なかった。

諒也は長時間待たされることを見越して早めに来たものの、スムーズな流れで診察を終え、会計の順番を待っている。

目の前の受付では、唯がカウンター越しに患者の対応にあたり、奥のスペースで有紀が事務作業をおこなうという、前回と同じフォーメンションとなっていた。

― やっぱりなんか気まずいなぁ…。

来訪時に有紀と目が合って会釈をしたが、会話は交わしていない。

唯に対しても、先日の件がどう伝わっているのかわからず、話しかけるのは躊躇われた。

まさに打つ手のない状況だった。

「吉沢さん」

抑揚のない声で名前を呼ばれ、受付に向かう。

目の前に唯がいるものの、分厚い透明な壁が立ち塞がっているような感覚がある。

― はぁ…。諦めるしかないのか…。

淡々と会計を済ませてクリニックの外に出る。

― まあ、女なんていくらでもいるか…。

わずかな未練を抱えながらも、ひとりの女に執着はしないと自分に言い聞かせながら歩き出す。

すると、しばらく進んだところで背後から名前を呼ばれた。

「吉沢さん」

少しだけ懐っこくも感じる呼びかけに反応して振り返ると、黒色のカーディガンを羽織った有紀が立っていた。

「あ、見上さん。どうも…」

「先日はありがとうございました。お礼を伝えるのが遅くなってしまい申し訳ありません」

「いえいえ。こちらこそ」

月並みな挨拶を終え、諒也がその場を離れようとすると、再び呼び止められた。

「私、気づいていました」

「え、ええ?」

「本当は私じゃなくて、鮎沢さんを誘いたかったんですよね?」

諒也はすぐには切り返せず、返答に窮してしまう。

「実は、昨日及川さんからも連絡が来て、謝罪を受けたので…」

言い訳の通用する状況でないと察し、観念した。

「本当に申し訳ありません」

諒也が頭を下げると、有紀が慌てて否定した。

「いいんですいいんです。私、とても楽しかったです。吉沢さんも、とてもいい方だと思いました。本当は早めに切り上げて帰りたかったはずなのに、あんなに楽しい話を聞かせていただいて」

「いやいや…」

「吉沢さん、とても紳士的な方だと思いました」

咎められても仕方のない立場であるにもかかわらず、まさかの称賛を受けてしまい恐縮する。

肩身を狭くしていると、有紀が思いがけない言葉を口にした。

「私、吉沢さんと鮎沢さん、お似合いなんじゃないかと思いました」

諒也は俯きながらも風向きの変化を感じ、ゆっくりと顔をあげた。

「鮎沢さんも優しくて性格がいいので、吉沢さんと合うんじゃないかと…」

― んん…ええ?どういうこと?

急な展開に思考が追いつかない。

「私でよければ、応援させてください」

「ええ…?」

「たいした力にはなれないけど、フォローくらいはさせて頂きます」

「ええっ!本当ですか!?」

― ここにきてまた味方が増えるなんて…。

急に吹き始めた追い風を受け、地に足がつかず、気もそぞろとなる。有紀をないがしろにせずに良かったと、諒也は胸を撫でおろした。

そして、不手際はあったもののあの場を設けてくれた葵に対して、感謝の思いが湧いた。

仕事を終えて自宅に戻った諒也は、冷蔵庫から缶ビールを取り出した。

勝利を確信したかのような心持ちで、勢いよくビールを喉の奥に流し込む。

「私でよければ、応援させてください」

有紀の言葉を思い出すと、笑みがこぼれる。

― この試合、もらったも同然じゃないか。

毎日のように職場で顔を合わせる間柄であれば、唯への影響力は小さいはずがない。

強力な助っ人を得て、すでにウイニングランに入っているような気分にもなる。

― そうだ。あいつにも連絡しておこう。

諒也はスマートフォンを手に取り、1通のLINEを送った。

『諒也:今日、クリニックに行ったときに有紀さんと話をしたんだけど…』

葵への現状報告だ。葵も支援者のひとりであり、いわばチーム諒也の一員である。

LINEを送るとすぐに返事が届いた。

『葵:すごい!それは心強いね!』

今回の件において、葵の働きは満足のいくものではなかったが、有紀を味方につける点においては貢献したと言える。

諒也は、一定の評価を与えていた。

そのとき、手に持っていたスマートフォンが震える。

画面には、InstagramのDMの通知が表示されていた。

― おっ、有紀さんからだ。インスタまでチェックしてくれるとは…。

忠誠心のアピールにも感じたが、メッセージの内容に表情を曇らせる。

『有紀:フォローさせて頂きます。ひそかに応援しております』

― え…?確かに『フォローする』って言ってたけど、こういうこと?

有紀の発言は、サポートの意思を示したものではなかったようだ。

文字通りの“フォロー”の意味だったとわかり、諒也は肩を落とす。

― しかも、『密かに』って…。おおっぴらに応援してくれていいんだけどな…。

期待していたのは全面的なバックアップであり、思っていた状況とは少々異なるようだった。

― まあでも、前進はしてるか…。

諒也は溜め息をつきながらも、それなりに手応えを感じていた。

大きな成果は、一朝一夕で手に入れられるものではないというのは重々承知している。

頼もしいとは言えないまでも味方を得ることができ、心願成就への気運が高まりつつあるようにも思えた。

「頼むよ、2人とも」

すると、再びスマートフォンに葵からLINEが届いた。

『葵:週末にまた有紀さんと飲みに行こうって話になったんだけど、吉沢くんも一緒にどう?』

― チームの結束を固めておくにはいい機会かもな。

以前の諒也であれば、関心のない女性からの誘いに応じることなどなかったが、今回ばかりは有益であると判断した。

参加の意思を示す返事を送ろうとすると、再びメッセージが入る。

『葵:今、有紀さんからLINEがあったんだけど、週末の件を唯さんにも伝えたら参加したいって言ってるらしい!』

「マジかっ!!」

メッセージが目に入ると同時に思わず声を発してしまった。

― こんなに早くプライベートで会えるなんて…。

長期戦を覚悟していただけに、進展の早さに驚きを隠せない。たとえ心許ない味方であろうと、数が増えることの強みを実感する。

― でも、あいつには前科があるからな…。

葵の失態を思い出し、メッセージを送り返す。

『諒也:誰かと間違えてないよな? 鮎沢唯さんでいいんだよな?』

チームの指揮官として強く念を押しつつも、諒也は、恋が本格的に始まる予感に胸を躍らせた。

そして、同僚女性という頼れる存在のありがたさを、心の底から感じるのだった。



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