ウォークインクローゼットで見つけた、彼女の抱える“秘密”。愕然とした男が車を走らせた先は…

▶Vol.1はこちら:男と女のポテトサラダ論:34歳、同棲中のカップル。ある日の食卓で彼女を激怒させたひと言

僕はポテトサラダが大好きだ。

居酒屋やスーパーで売っているものも嫌いじゃない。でも彼女が一度作ってくれた、カリカリに焼いたベーコンが入っているそれを食べたときに、美味しくて感激したのをよく覚えている。

僕が「美味しい」と連発していると、彼女は少し恥ずかしそうに「亮平はカリカリのベーコンが好きだから、ハムじゃなくてベーコンを入れてみたんだ」と言った。その瞬間、彼女への愛おしさで爆発しそうになった。

だからこそ、あの日のことを深く反省している。

あの日はちょうど、大きなプレゼンを前に少し気が張っていた。だから家を出る前、彼女の作るポテトサラダが食べたいな、と思い、リクエストをした。

ただ彼女も忙しそうだったので、「ポテトサラダを作ってほしい」ではなくて、「ポテトサラダを食べたい」とあいまいな表現をしたことを覚えている。

けれどこういう中途半端な気遣いがよくなかった。家に帰ると明らかに彼女が作ったものではないものが皿に盛りつけられていて、思わず言ってしまったのだ。

「…あ、お惣菜か」

すると彼女はそこから黙りこくって、夕食をとるとすぐに寝てしまった。

翌日、会社から帰ると、彼女の姿はなかった。



いくら電話してもつながらず、LINEをしても既読にならない。家の中で何度も何度も逡巡した。実家に帰ったのかもしれないし、友達の家かもしれない。同棲して3ヶ月。実家の連絡先は聞いておくべきだったと猛省した。

部屋に手掛かりはないかと、キッチン、洗面台、そしてウォークインクローゼット。ありとあらゆるところをかき回してみたが、手掛かりらしいものはまるでない。

でも次第に冷静になり、会社のパソコン以外の荷物はあったので、家を出ていったわけではないのだ。そう考えると少し安心した。

彼女に会ったのは、ちょうどいまから半年前。僕が勤めている広告代理店に転職してきた愛莉が、友達を紹介してあげる、と連れてきたのが南帆だった。

一目見た瞬間、「きれいな人だな」と思った。背が高くて、特に指先がきれいだ。顔のパーツはすべて小さくてきれいにまとまっていて、派手さはないが、街で見かけたら目で追ってしまうかもしれない。

つまりは、僕のひとめぼれだった。

そこから何度かデートして、彼女の家の更新とともに同棲をスタート。彼女は驚くほどに口数が少なく、それがとても気楽だった。

広告代理店の営業という職業柄、家でも客先でも明るく振る舞っているが、家では無口なほうだし、静かにしていたい。でもそれが恋愛では、マイナスに響くことが多く、「付き合うと静かでつまらない」と振られたことも何度かある。

だから、南帆といると自然体でいられた。無理してしゃべらない、阿吽の呼吸。そんな関係性が、僕のなかではとても居心地がよかったのである。

でも。それにいつしか甘えてしまっていたのかもしれない。

彼女は人に迷惑をかけるのも、波風を絶たせることも、極端に嫌う。だからこそ仕事は自分で段取りを組んで完璧にこなし責任感も強いようだが(これはリモートワーク中の彼女のミーティングをしている姿を見ての感想だ)。

同棲を始めてから、最初は僕もよく料理をしていたのだが、「自炊はしてこなかった」と言っていた割に彼女は器用で料理がうまく、最近はまかせっきりになっていた。

― そういえば……。

僕は、ウォークインクローゼットにある、彼女の本棚に向かう。彼女は読書が好きで、たくさんの本が家にある。そこになにかヒントがあるかもしれない。

ウォークインクローゼットの上にある本棚は奥行きが深く、本が2列になっている。奥側の本を手にやると、そこには大量の料理本があった。

『料理の基本』

『彼が喜ぶ神レシピ100選』

……彼女は難なく料理をしているように見せて、実は悪戦苦闘していたのかもしれない。そう思うと、鼻の奥がつんとした。

そのあと愛莉に電話をするとこっぴどく叱られ、南帆はいま湯河原の温泉旅館にいる、と聞いた。

翌日、僕は湯河原を目指して車を走らせていた。彼女が今回の一件をきっかけに別れを考えているかもしれない。その不安が胸の奥で重くのしかかり、早朝から宿の近くで彼女を待つことにした。

8時55分、南帆が宿のエントランスから現れた。見慣れた彼女の姿を見つけた瞬間、自然と彼女の前に歩み寄った。

「どうしてここがわかったの?」

「愛莉から聞いたんだ」

「もう、愛莉にはなんでも話しちゃうんだから」

南帆は少し笑ってみせたが、その瞳にはまだ戸惑いが残っていた。

「亮平、話したいことがあるんだ」

緊張が走る。もしかしたら、今こそ彼女から別れ話をされるかもしれない、と考えると心がざわめいた。



しかし、南帆の言葉は違った。

「実は、私…料理が苦手なの。いや、正確に言えば、あんまり好きじゃないんだ」

その言葉に一瞬驚いたが、次の瞬間、思わず笑みがこぼれた。彼女の正直さに、そして自分自身もまた、彼女を無理させてしまっていたことに気づかされたからだ。

「ごめんね、僕も任せっきりにしてた。君の気持ち、全然わかってなかった」

南帆は一瞬言葉に詰まったが、続けた。

「でも、亮平を喜ばせたいって思うの。それは本当。でも、無理して料理を作ることじゃなくて、もっと違う形で伝えたい」

そう言って、彼女は僕の目をまっすぐとらえた。

「私、自分の気持ちをちゃんと伝えるのが苦手で…だから、こんな風に言葉にすることもあまりなかったけど、これからは正直に向き合っていきたい」

僕は彼女の言葉に耳を傾けた。そして、静かにうなずいた。

「僕も、もっとちゃんと伝えるべきだった。ポテトサラダのことも、ただ食べたいんじゃなくて、君の作ってくれる料理が好きなんだっていう気持ちを伝えたかったんだよ。これからは、もっとお互いに正直になろう。僕たちは違うからこそ、お互いに補い合えるんだと思う」

その言葉に、南帆はほっとしたように笑った。

「そうだね。完璧じゃなくてもいいんだよね」

亮平は南帆の手をそっと握り、静かに言った。

「一緒に少しずつやっていこう。君が料理をしなくてもいい、僕が料理をするからさ。でも、たまには2人で一緒にポテトサラダを作ろう」

南帆は微笑みながらうなずいた。2人は、以前よりも深くつながった気がした。

お互いに無理をせず、相手を受け入れることで、2人の関係はより強く、自然なものになっていくことを感じながら、車に乗り込んだ。

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