「水曜日が一番、何を作ったらいいか分からない、何も考えたくない日。だから元気が出るカレーの日にした」と言うのは、料理家で管理栄養士の長谷川あかりさん。8月に著書『水曜日はおうちカレー~クタクタな日こそ、カレーを食べよう。』が出たばかり。紹介されているカレーは、“お味噌汁”のような存在!? さらに長谷川さんは言う、「家庭料理はおいしくなくていい」――。
芸能活動を辞めて大学へ、将来の夢が分からない
料理家になる前、長谷川さんは子役として芸能界デビューをし、女優として活躍していた。自分の意思で将来の夢を決め、芸能活動をはじめたのだが、その決意が自分自身を苦しめることがあったと言う。
「子役としてキャリアを始めたので、将来の夢について迷うことはなかったんです。自分に課した使命のように感じていましたが、実際は思い通りにいかず、しんどさを感じることもありました。『やめたら負けだ』『逃げだ』と思い込んでいて。そんなとき、結婚の話が出たんです。結婚を理由に芸能活動を辞めることで、心の逃げ道ができました。ところが、あらためて将来の夢を決められるようになったとき、何をやればいいか分からなかったんです」
その時、夫が大学へ行くことを提案した。長谷川さんが21歳の時のことだ。大学では、彼女がもともと好きな料理に近いものとして、栄養学科を選ぶことに。しかし、大学生活と家事の両立が難しく、料理を楽しむ余裕がなくなってしまった。
「忙しくてインターネットで見つけた簡単レシピばかり作っていたら、料理の楽しさまで失われてしまったんです。高校生の頃は、好きな料理家のレシピを見て、時間がかかるものを作りたくてしょうがなかったのに。でも『楽しい料理を作るのは大変』、でも『手料理が食べたい』、でも『簡単料理は物足りない』という3点をぐるぐるしていたんです。そこで行き着いたのが、中間のレシピ。自分でレシピを作ろうと決心したのがその頃でした」
栄養学の本質も分かったことで、情報の発信方法について工夫が必要だと気づけた。そうしてできた理念を伝えるため、「レシピを作り、将来的には料理家として信頼を得て発信力を持ちたい」という夢ができた。
切り干し大根とチキンのうまみカレー ⓒ濱津和貴
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料理を通じて自分を好きになる
「料理は楽しくなければ続かない」
これは長谷川さんの料理哲学。究極的には料理はしなくても生活できる。だからこそ、料理を通じて自分自身を好きになれることが大切な要素となる。
「私がレシピ提供にこだわる理由は、料理を提供することと比べて、より影響する範囲が広いということ。レシピは媒体としての力も持っているので、レシピを通し、家庭料理に対するスタンスや考え方そのものを再定義したい気持ちがあります。そしてなんといっても、レシピの精度が高ければ高いほど、調理技術に依存しなくて済むという点。今は昔と違って、女性が花嫁修業のため当たり前のように料理教室に通うなんていう時代ではありません。性別問わず、大人になったらいきなり忙しい毎日の中で料理をさくっとこなさないといけなくなりますから、調理技術に依存せずにおいしい料理がつくれることほど助かることってないんです」
「話は変わりますが、ずいぶん昔、料理を始めたばかりのころ、ただただレシピ通りに料理を作ったら『天才!』とみんなにほめられることがありました。その頃、芸能活動をしてきて自信を失っていましたが、料理がおいしく作れたという経験が落ち込んでいた自分の自尊心を埋めてくれたんです。料理は、即時的に自己肯定感を高めてくれる最も身近なクリエイティブな活動だと思います」
また、「面倒」ではなく、「楽しい」と感じられるところに料理の愛おしい部分があり、それが健康と心の充実につながっていくと言う。
かくいう彼女の好きな調理の場面は、煮込み料理や食材の変化を楽しむこと。ジュウッと焦げ目をつけたり、弱火でじっくり煮込む過程、また、リズミカルに野菜を刻むのも好きで、手作業を通じて食材と向き合う感覚を、そして自分自身と向き合う時間を大切にしている。