選択的夫婦別姓を求める集団訴訟「夫婦別姓も選べる社会へ!訴訟」が現在、進行中だ。この集団訴訟はこれまで2度提訴されており、現在の夫婦同氏制度を合憲とする大法廷の判断が2015年と2021年に出ているが、今回で3度目となる。各種世論調査では選択的夫婦別姓に賛成する人が過半数を占めるが、いまだに選択的夫婦別姓制度の導入はなされていない。
先ごろ首相に指名された石破茂自民党総裁は、選択的夫婦別姓制度の導入に対し、総裁選挙戦中に「やらない理由がわからない」と賛成の立場を取っていたが、首相就任後は「個人的な見解を申し上げることは差し控える」などと慎重な姿勢を示し、さらなる検討が必要という従来の政府の見解を述べるにとどまった。
選択的夫婦別姓制度の導入に向けては、国民と政府の間に意識の差が生じている状態と言えるだろう。司法は3度目の集団訴訟にどのような判断を下すのだろうか。同訴訟の弁護団のひとり、三浦徹也弁護士に前2回と異なる訴訟のポイントなどについて詳しく聞いた。
夫婦同姓への疑問は1947年からあった
選択的夫婦別姓を求める集団違憲訴訟、3度目の訴訟が立ち上がった経緯を教えてください。
三浦徹也弁護士(以下、三浦):2021年に2次訴訟の(合憲)決定が出た後はさすがにみんなショックを受けていましたが、一方で、社会は着実に変化してきているという肌感覚がありました。最高裁判所の判断にも宮崎・宇賀裁判官から強い反対意見(※)が出されるなど、議論が前進しているという実感もあって、すぐに3次訴訟も絶対やろうという雰囲気になっていました。一度敗訴になった訴訟をもう一度やるのは大変ですが、繰り返し裁判を提起することで社会の議論を喚起していくべきテーマだと思うので、もう一度やろうと。
※宮崎裕子、宇賀克也裁判官は決定(多数派)への反対意見として、夫婦同姓制度について「婚姻の意思決定が自由で平等なものとは到底いえない」として憲法24条に違反すると述べた。
9月20日の弁論では、現在の婚姻制度は1947年に制定されたが、当時と比べ社会の価値観も条件も変化しているという「事情変更」を柱のひとつに据えていましたね。たしかに選択的夫婦別姓についてはさまざまな意見を見聞きすることが増え、国民の1人として価値観の変化も感じています。しかし、国会では議論が進まなかった。この理由をどう考えていますか。
三浦:夫婦が同姓にすることは、女性を差別的に扱う明治時代の家制度の名残ともいえるものです。そのため、結婚後に夫婦同姓にすべきなのかという疑問は、戦後・明治民法改正時の1947年時点でもあったようですが、結局、夫婦同姓制度が採用されました。その後も、国会は「慎重な議論を要する」という論調をずっと続けている状態です。
選択的夫婦別姓に反対する人たちの意見としてよく聞くのは、家族は同姓にして共同生活をすることで一体感が生まれて絆が育まれる、そういう家庭で育つ子どもはすくすく成長する、という典型的な家族観です。それがなくなってしまえば、家族が崩壊するという不安感みたいなものに支配されて、国会でもなかなか議論が前に進まなかったんだろうと思います。
夫婦が別姓になると、家族が崩壊するという主張の根拠になる証拠は裁判で示されたことはあるのですか。
三浦:別姓の家族はとんでもない連中だと、国が積極的に言っているわけではないですし、明確な証拠の提出もありません。夫婦同姓を義務付けている国は日本だけですが、世界的にも別姓の家族には問題があるといった話はありません。
もっとも、この訴訟は民法や戸籍法が憲法に違反するとして損害賠償等を求める訴訟ですから、婚姻に際しては夫婦が同じ氏にしなければならないと定める現在の民法や戸籍法には合理性がなく違憲であるということを、原告側が主張立証する必要があります。そのため、原告側は、同姓を望む人は同姓を選べばよく、別姓にしたい人が婚姻制度から排除されることに合理性がないとあの手この手で主張しています。対して国は、違憲であるとまではいえない、と言えれば足りますので、夫婦が同性にすることは「家族の一体感の醸成ないし確保」のためであり同姓制度を維持することには一定の合理性があるから違憲とまでは言えないと主張しているということです。
「通称使用」による不利益の“緩和”では根本解決にならない理由
同姓が強制されることで、今日の社会では不都合や不利益が生じていると原告側は主張しています。これに対しては、国はこれまでどう反論してきたのでしょうか。
三浦:国側から正面きっての反論はありません。こちらは「不利益があった」という事実を提示しているので、国としても「事実と異なる」とは言えませんよね。国は、「不利益はあるかもしれないが、旧姓の通称使用(※)によって緩和されているので、違憲であるとまでは言えない」という主張なのです。
※社会生活において旧姓を通称として使用すること。
不利益の「緩和」ということは、不利益は「消滅」していないということですよね。
三浦:はい。多少残っているけど、我慢しろという国の意見に最高裁判所がお墨付きを与えてしまっている状況です。旧姓の通称使用は、元の姓を特定の場面で使えるだけのものですが、姓の変更でアイデンティティーの喪失感を抱えている人にとってみれば、そもそも自分の名字を「旧姓」にしたくないと考えているので、「旧姓」が使えるようになったとしても意味がありません。通称使用は根本的な解決になっていないと原告側は繰り返し主張しています。
経団連も選択的夫婦別姓を導入すべきと主張し、強制的な姓の変更は経済的な不利益がある、通称使用では限界があることは多方面から指摘されるようになってきました。
三浦:そうですね。通称使用が社会に拡大しても、金融取引や不動産・法人登記など旧姓単独の表記が認められない場合もあります。銀行口座の開設や携帯電話の契約、保険…戸籍上の姓を使わざるを得ない場面は多いです。また、パスポートのICチップは国際規格で決まっていて、日本が独自の改変をすることができませんので、法的な姓ではない旧姓を登録することはできません。旧姓を併記したパスポートの利用により入国時に偽造ではないかと疑われてトラブルになった例もあります。今回の裁判では、こうした具体的な問題を立証する書類も提出しています。
国は、通称使用の拡大によって不利益が緩和されたと言うけれど、それではどこまでやっても不十分で、そもそも、「通称使用が拡大したことの意味はなんだ?」という点に目を向ける必要があると主張しています。そうすれば、通称使用の拡大は、結婚しても姓を維持したままでいたいという社会的な要請の高まりを意味しているのであって、夫婦同姓制度を擁護する事情として使うのは誤りであると分かると思います。
「トランスジェンダー特例法」違憲判決が夫婦別姓裁判に影響する?
今回の3次訴訟は、前2回の訴訟と比べて新しい主張はあるのでしょうか。
三浦:基本的に言いたいことは変わっていません。姓を変えることによるアイデンティティーの喪失の問題で、結婚を諦めざるを得ない。姓を変えるか結婚を諦めるかの二者択一を迫られる状況が問題だというのは、最初の訴訟から主張し続けています。
ただ、前2回の訴訟と異なるのは、トランスジェンダー特例法の違憲判断(2023年)が今回の訴訟の根幹となる議論を作ってくれた点です。
これまで特例法は、性別変更に生殖能力をなくす手術を受けることを要件にしていましたが(いわゆる4号要件)、この手術は身体への侵襲を伴う非常に負担の大きいものです。4号要件があることで、性自認に従った性別の取扱いを受けるために強度な身体的侵襲である生殖腺除去手術を受けることを甘受するか、危険を伴う手術を避けるために性自認に従った法令上の性別の取扱いを受けることを断念するかという過酷な二者択一を迫るものとなっており、その制約は過剰なものであるから4号要件は違憲だとされました。「2択を迫られること」を憲法上、どのように検討・判断するかの指針を与えてくれた判決なんです。
そもそも強制的に2択を迫られること自体が人権としていかがなものか、という考え方ですね。
三浦:そうです。特例法なら体に負担のかかる手術をするか、違和感のある性のままでいるかという2択。選択的夫婦別姓では、姓を変えるか結婚を諦めるかという2択。強制的な2択が自律的な意思判断を妨げているのなら憲法の問題だと、根本の部分に改めて焦点を当てているのが、今回の3次訴訟のポイントです。
「すでに国民の理解は得られている」
自民党総裁選で石破氏が新首相になりましたが、行政に期待することはありますか。
三浦:岸田文雄前首相は、選択的夫婦別姓の制度実現を早期に求める議員連盟に入っていたはずなんですけど、首相になった途端、慎重な姿勢になってしまった。石破さんも総裁選では選択的夫婦別姓にポジティブな見解を示したのに、やはり総裁になった途端、言うことが変わっています。党内に反対派もいるので慎重な姿勢なのでしょうが、強いリーダーシップを発揮して議論を進めてほしいです。
裁判は国会や内閣の動向に左右されるべきではありませんが、裁判の見通しに影響はあるでしょうか。
三浦:私は勝てると思っています。また、すでに国民の理解も得られていると思っています。この問題を取り上げるメディアの論調も変わってきています。先人の戦いがあって、今ようやくここまできていますから、この長い闘いに終止符を打つために、頑張りたいと思います。