オーナー経営者のもとに、M&A仲介会社から「弊社クライアントが、貴社のような優良企業様との資本提携を希望されております。」というDMが届くことがあります。後継者不足により事業承継M&Aのニーズが高まっている昨今では、「願ってもない話」と飛びつきたくなる経営者もいるでしょう。しかし、いざふたを開けてみると、買い手が自社を指名しているわけではなかったり、大して確度の高い話ではなかったりするケースも…。作田隆吉氏(オーナーズ株式会社代表取締役社長)が解説します。

M&A仲介サービスとFAの営業スタイルの違い

本連載では、ここまでM&A仲介サービスとFA(ファイナンシャル・アドバイザリー)サービスの役割の違いについて解説をしてきましたが、業者の異なる役割を背景に、それぞれの営業スタイルも大きく異なります。M&A支援会社と接点を持つ機会のあるオーナー経営者にとっては、M&A仲介、FA、それぞれの営業スタイルを理解しておくことで、業者に冷静な対応をすることができるでしょう。

まず、それぞれのサービスの役割についておさらいです。

M&A仲介サービスは、中立の立場で売り手と買い手のマッチングを提供するサービスです。営業活動で収集した買いニーズと売りニーズをマッチングすることでM&Aの成約を促していく支援といえます。特定の当事者の利益やメリットを考えたアドバイスや支援はできません。

一方のFAサービスは、M&A戦略の立案から相手先の探索、条件交渉、クロージングに至るすべてのM&Aプロセスにおいて、顧客であるM&Aの当事者の利益を守り、追求するサービスです。売り手オーナーが顧客であれば、売り手オーナーの想いをどのようにM&Aで実現できるかを提案し、実行していくことがミッションです。売り手の利益を優先するため、買い手とは契約関係を持たず、手数料も受領しません。

こうした役割の違いがあるため、それぞれのサービスはその営業スタイルも大きく異なります。

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M&A仲介サービスの営業スタイル

M&A仲介サービスにおいては、買いニーズと売りニーズをマッチングさせることでM&Aの成約を促していくわけですが、顕在化した売りニーズを先に捕捉できる機会は多くありません。そのため、収集した買いニーズに合致しそうな企業に対して、買いニーズを提案することで売り手オーナーと面談を取り付ける営業スタイルが主となります。

M&A仲介業界においては、厳しい営業ノルマや激しい給与体系を背景に、事実と異なる情報に基づく営業活動が広く行われてきました。具体的には、「“貴社との”資本提携に関心がある上場企業の買い手がいる」という内容で、買い手の存在を偽って売り手の関心を引く営業行為などです。

こうした営業活動はごく最近まで横行していましたが、2024年1月にM&A仲介協会の自主規制ルール(倫理規則)のなかで禁止されました。現在では、「貴社との資本提携に関心がある“可能性のある”上場企業の買い手がいる」とややトーンを控えめにしながら継続されているようです。

以下、某オーナー経営者へのヒアリングに基づく、M&A仲介会社からのDMの具体的事例を紹介します。いずれも倫理規則が施行されたあとのDMですので、倫理規則におけるルールへの配慮が見られる内容となっています。

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[A社 2024年5月投函]

弊社クライアントが、貴社“のような”優良企業様との資本提携を具体的に希望されております。A社からの資本提携の提案について、ぜひご説明を差し上げたく存じます。

[B社 2024年4月投函]

このたび、東京に本社を構え、XXXの運営を行う大手事業グループより、事業拡大に際しての資本提携・事業承継ニーズをお預かりし、ご説明の機会をいただきたくご連絡を差し上げました。

[C社 2024年3月投函]

弊社クライアント様より、資本提携の要望を受けております。今回、先方からの指名により直接お声がけをさせていただいた次第です。以下、お相手企業様の概要です。

(なお仲介会社Cからは、2024年5月にも、違うクライアント企業からの依頼という形で、別担当者から同内容のDMが届いたようです。)

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一見、具体的な買い手が自社のことを認識しており、仲介会社を経由して名指しでアプローチしてきたのだと捉えがちですが、いずれの事例も「具体的な買い手が存在し、“貴社との”資本提携に関心を持っている」とは言及してはいません。言及されているのは、DM送付先企業と合致する買いニーズを持つクライアント企業がいるということだけです。

「先方からの指名により」という文言は非常にややこしいですが、買い手が対象会社を指名しているわけではなく、“買い手が仲介会社と仲介契約を締結していること”を意味しているものと考えられます。

買い手が実在する場合において、「貴社との資本提携に関心を持っているクライアント企業がいる」と営業することは現行ルールでも構わないわけですから、曖昧な表現を使う必要はありません。こうしたDMに関しては、具体的な(“DM送付先企業に”関心を示している)買い手が存在しないパターンだと考えてよさそうです。もちろん、仲介業者のいう「貴社 “のような”事業に関心のある買い手」に実際にアプローチしてみたら、結果として買収に関心を持ってもらえた、というケースはありえると思いますが、いずれにしても飛びつくほどの情報ではありません。

「“貴社との”資本提携に関心を示している具体的な買い手がいる」と明言している手紙が届いた場合、その業者が倫理規則に反していなければ、具体的に貴社事業に関心を示している買い手がいるのかもしれません。少数派の印象ではありますが、M&A仲介会社が実際に買い手から了承をもらったうえで対象企業へアプローチしているケースも存在します。

しかし、売り手オーナーにとっては、こうした具体的な提案に飛びつくことのリスクは極めて大きいといえます。価格はもちろん、そのほかの条件についても売り手にとって魅力的な条件を勝ち取ることが難しく、さらには売り手を守るために必要な契約書上の手立ても十分に行うこともできず、売り手が不利益を被りやすいのです。こうした特定の買い手からの提案に飛びつくことのリスクについては、本連載中の別機会にて解説したいと思います。