アケビの新芽を二つに割る中川原信一さん。毎年ミツバアケビの蔓を収穫する。作業は基本自宅の居間で行われ、かごの構造は信一さんが、縁は妻の恵美子さんが編み込む。愛猫ノンちゃんも自分専用のかごを持っているのに、この日は自宅にある座布団でくつろいでいる。
盛岡から横手へ向かったのは5月のこと。道中、背の高いモミの木や野生の藤が咲き乱れていた。きっと、冬の雪景色はさぞかし綺麗だろう。東北地方に伝わるアケビ蔓細工の職人、中川原信一さんと妻の恵美子さん、人気者の猫のノンちゃんは、温かく自宅に迎え入れてくれた。アケビ蔓細工の名工を父に持つ信一さんは、その技術を受け継いで、60年ほどになるそうだ。
かごづくりは夏の終わりから秋にかけて、山でミツバアケビの若い蔓を収穫するところから始まる。アケビは乾燥した環境では育たず、気候に左右されやすく、扱いも難しい。収穫後に乾かし、浸水を終えたら、ここからは自宅の居間での二人の共同作業。信一さんが構造を考え、形や大きさをあらかじめ決め、土台を作る。最後に縁を編み込むのは恵美子さんだが、細やかに仕上げるため、蔓を二つに割る手間をかけていることには驚いた。作業をしているときはとても静かで、外で行き交う人々の声と、ノンちゃんの優しい鳴き声が聞こえるだけ。その様子を見ていると、チームワークの素晴らしさと、愛情を感じる。かごの種類は30を超えるそうで、硬い蔓をこれほど繊細に編み込むには熟練の技術力が必要だろう。途方もない時間をかけてそれだけの経験をした信一さんだからこそ、技術を超えた〝その人らしさ〞を発揮できるのではないかとも感じた。温かみのある二人の手と、一匹の優しい鳴き声で編まれる唯一無二のかごには、素晴らしい技術と愛が詰まっている。
中川原信一 中川原恵美子Shinichi & Emiko Nakagawara
信一さんは、父に教わり15歳でかご編みをスタート。蔓の収穫から編み上げまで、すべての工程を妻の恵美子さんと行う。アケビ蔓細工とは、かご編みの手工芸。ミツバアケビの若い蔓50本を一束にして、2 か月以上乾燥し、保管。それを浸水させて柔らかくしたあと、底、胴、縁の順に編み上げる。50~60年使えるほど頑丈。東京・白山『gallery KEIAN』(11月に個展予定)などで取り扱いあり。*受注生産、納期未定
Isabelle Boinot
フランス西部の田舎町、アングレーム在住のアーティスト、イラストレーター。繊細なタッチと柔らかな色使いが魅力。本誌ではパリを独自の視点で切り取った「パリいろいろ図鑑」を連載中。著書に『パリジェンヌの田舎暮らし』(パイ インターナショナル)など
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illustration : Isabelle Boinot
&Premium No. 132 Folk Crafts & Art / 暮らしを楽しむ、手仕事と民芸。
地域に根ざした人々の生活のなかで生まれた民芸や、作り手の思いが込められた手仕事の日用品。歴史と伝統のなかで育まれた技術によって作りだされる、美しい暮らしの道具。その魅力をていねいに感じ取り、いまのライフスタイルに上手に取り入れていくことは、これからのBetter Lifeをより心地よく、温かなものにしてくれるのではないでしょうか。来年は柳宗悦らが提唱した「民藝」という言葉が生まれてから100年を迎える節目の年。私たちを取り巻く社会もテクノロジーも大きく変化していくなか、あらためてその心と楽しみについても見つめ直してみたいと思います。
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