大通りに出てタクシーを探していたのは昔の話。今は配車アプリで自宅や会社の前など迎車地や目的地をピンポイントで指定できる。そのせいか、新たなタクシーの使い方をする人が増えていることを実感する。
東京都内を実際に走っている現役ドライバーの筆者が、最近なるほどねと感じているアプリ利用の例をご紹介しよう。
◆不動産屋の内見ツアー
迎車地は不動産屋前。到着すると乗り込んできたのはスーツ姿の男性とラフな格好の夫婦らしき2名。行先は2kmほど離れたマンションのエントランス前だった。車内の会話から賃貸物件を探している夫婦の内覧に向かおうとしていることに気づいた。
もちろん支払いは全て不動産会社の決済で、現地に着けばこちらの仕事は終了。内覧が終われば再び営業マンがアプリで車を手配するようだ。一見不経済に思える使い方だけど、不動産屋は自前の送迎車を用意する必要がなく、その経費も不要。交通違反や内覧中の駐車料金の心配も不要なのでトータルでお得なようだ。
◆店の商品を運ぶ
タクシーを宅配的に使うケースもある。とくに印象深いのは、筆者がよく走るエリアにある洋菓子店。これまで3回アプリで呼ばれ、その度に複数の段ボール箱に入った商品と従業員が乗ってきた。車内は一気に甘い香りに包まれる。
目的地はいつも同じ、この洋菓子店の支店だ。道中、従業員に話を聞くと、本店で作ったお菓子を支店に定期的に運ぶために使っているという。こちらも自社の車を用意する必要がなく、免許を持たない従業員に搬入を任せられることから大いに利用しているとのこと。
ちなみに支店は細い路地が入組んだエリアにあるため、たとえ自社の車があっても運転に慣れていない人には任せられないという話もあった。
◆母親に見送られつつ子供を託される
住宅街の家が迎車地で目的地は5kmほど離れた学校という依頼。迎車地に待っていたのは中学生くらいの男の子とその母親らしき組合せ。しかしドアを開けると乗り込んできたのは子供のみ。あれれと思っていると「行先は〇〇学校になっていますよね。遅れそうなので急ぎ目でお願いします」と母親。
でも今日は休日だ。不思議に思って車中で学校のどの場所に付けるか確認しつつ尋ねると「英検の試験があるのに寝坊しちゃって……」だそうな。学校に着くと周囲には同様にひとりでタクシーで乗り付けた子供の姿を複数見かけた。昭和のおじさんには驚きの光景であった。
◆小さな子供がひとりで乗車
迎車地は中央区の某ビル前。配車アプリによると依頼人は30代の女性になっていた。けれどそれらしき人がなかなか現れない。もしやキャンセルかなと思っていると、こちらをじっと見ている5歳くらいの女の子に気づいた。
その子は目が合うと手に持ったスマホの画面をこちらに向け「〇〇です」と名乗った。依頼人と同じ苗字だった。ドアを開けると慣れた感じで乗り込んできた。念のため「お母さんは後から来るの?」聞くと「お母さんは家で待ってます」と。
どうやらこの子は塾に通っていて、帰りはいつも母親が手配したタクシーで家まで送り届けてもらっているらしい。母親としてはタクシーが今どこにいるかリアルタイムでわかるし、迷子になる心配も少ない。5分ほど走って到着した一軒家では到着寸前、玄関から母親が出てきて女の子を迎えていた。時代は変わったなと思った瞬間だ。
◆混雑から脱出するために乗車
都心の大きなターミナル駅には専用のタクシー乗り場があり、混雑時にトラブルが起きないよう、アプリはその周辺を迎車地にできない仕様になっている。ところが、少しだけ離れれば迎車地に設定できてしまうスキマがあり、大混雑のタクシー乗り場を尻目に乗ってくる人たちがいる。
別に不正をしているわけじゃないし、こちらも正規に呼ばれたので迎えに行くしかないのだが、乗り場で延々と待っていたであろう人たちからの「やっと来たタクシーになぜ並んでもいない奴が乗るのか!?」的な視線がかなり痛い。
正直な話、ドライバー側もできればこんな場所で乗せたくない。けれどアプリ配車を勝手にキャンセルするとペナルティに繋がる。この仕組み、どうにかしてほしいものだと毎回思うのであった。
◆救急車の替わり?
日本人男性の名前で配車依頼があり、迎車地に向かっている途中「電話をしてください」とメッセージが入った。
すぐに対応すると、その男性曰く「乗るのは僕ではなく、友人の外国人女性です」とのこと。なるほど、日本語が話せない人だからこうして配車アプリを使って送ってあげるのねと納得した。ところが、話を進めていくうち、やっかいな依頼であることに気付いた。要約すると、
・その外国人女性は体調が悪いので、目的地は英語診療OKの病院になっている
・自分は離れた場所にいて一緒に行くことができないので、連れて行ってあげて
・診療受付時間が昼までなので、間に合うよう送ってほしい
・高速道路を使って構わない
・では、よろしく
困惑しながら迎車地に着くと、確かにそれらしき女性が待っていた。もし、立っていられないほど体調が悪いのなら、ひとりで乗せるのは危険だとの思いもあったが、男性の名前を出して確認すると安心したような顔で頷いた。これなら大丈夫そうだと判断し、首都高を使い約30分かけて目的の病院まで送り届けたのであった。
<TEXT/真坂野万吉>
【真坂野万吉】
フリーライター。定時制で東京を走り回っている現役の中年タクシードライバー