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新型コロナのパンデミック中、天然酵母で発酵させるサワードウブレッド作りが流行ったが、英米ではその人気が定着化しているようだ。イギリスではチェーン店のゲイルズ(Gail’s)が店舗数を拡大させ、選挙キャンペーンにおける有権者囲い込みの指標にまで使われた。
◆「クラフトベーカリー」の台頭
フィナンシャル・タイムズのオピニオン記事は、イギリスのパン屋チェーン、ゲイルズの台頭を分析し、イギリス人の間で「クラフトベーカリー」の需要が非常に伸びていることを伝えている。ゲイルズはロンドンを中心に130以上の店舗を持つチェーンのパン屋だが、アーティザナルブレッド(パン職人が手がける手作りパン)の位置づけでブランドを展開する。扱う商品は、どっしりとした塊のサワードウブレッド(一斤4.6ポンド、約910円)やクロワッサン(2.65ポンド、約530円)、チョコレートが練り込まれたバブカ(一斤15ポンド、約3000円)といった高価格帯のパン。カフェベーカリーは、特に赤ちゃん連れの若い親たちに人気があるそうだ。アーティザナルなパン屋とはいえ、チェーン店が拡大することは、小さな街のパン屋が潰れていくということも意味する。一部の地域では、街の富裕化や均一化(ジェントリフィケーション)を危惧して、ゲイルズの出店に反対する署名運動や抗議行動も起こった。
ゲイルズは、1990年代にゲイル・メヒア(Gail Mejia)が一流シェフやレストランのために始めたパンの卸売事業にルーツを持つ。2005年にゲイルズの1号店がロンドンにオープン。2011年にはプライベート・エクイティ(PE)ファンドのリスク・キャピタル・パートナーズと、イギリスの有名なピザチェーン店、ピザ・エクスプレスの事業展開などを手がけた経験のあるルーク・ジョンソンが共同出資して買収し、事業拡大に注力した。さらに2021年に2億ポンドの企業評価額で、米ベインキャピタルが過半数の株式を取得した。今年の4月にはゲイルズは131店舗目をオープンさせ、同社からはさらに35店舗追加する予定であるとの計画が発表された。
◆有権者囲い込みの指標に
ゲイルズの台頭はビジネスだけでなく、政治にも影響を及ぼしているようだ。イギリスの7月の選挙で、自由民主党(Liberal Democrats)は「ゲイルズが出店しているどうか」という点を一つの物差しにして、それまで保守派であった有権者の囲い込みを狙った。つまり、ゲイルズが出店している地域の住民は可処分所得が高めで、保守党から自由民主党に寝返る可能性が高いとの読みがあったようだとガーディアンは解説する。一方で、ゲイルズの出資者で親会社の会長を務めるルーク・ジョンソンは、ブレグジット支持者で、パンデミック中のロックダウンや環境政策のネットゼロ反対派という事実もある。
しかしながら、ゲイルズが狙う顧客層と自由民主党の潜在的な支持者の共通点の一つが、コミュニティ意識、つまり他者への尊重やつながりを大事にするという価値観である。ゲイルズのビジネスモデルはチェーンストアだが、経営側はコミュニティ作りや「ご近所(ネイバーフッド)」を大事にしていると主張する。ゲイルズの店舗ロケーションは、ざっくりとした指標でしかないものの、7月4日に行われた選挙で自由民主党が保守党を破ったイングランド南部の13の選挙区は、いずれもゲイルズの出店地域であったとガーディアンは報じた。
ゲイルズが今後、新規出店をさらに促進させることで、どこまで「コミュニティ感」を維持できるのかどうかは疑問が残るが、クラフトベーカリー市場全体のパイが拡大することで、多店舗展開をしない本物のクラフトベーカリーが存続し続けることを期待したい。