航空会社が提供するマイレージプログラムでもらえる「マイル」。
マイル数に応じてクーポンや商品、無料航空券など、さまざまな特典と交換できるのが魅力だ。
基本的なマイルを貯める方法は航空機を利用することだが、それ以外にも提携クレジットカードや提携ショッピングサイトで買い物すれば貯めることができる。
そんななか、大手航空会社であるANAのグループ会社「ANA X」が企画・運営するANA Pocketは、飛行機を含むすべての移動手段において“マイルが貯められる”アプリとして注目されている。
直近では登録会員数が200万人を突破するなど、ANAグループの新たな事業の柱としても成長を続けているのだ。
同サービスを運営するANA X株式会社 事業開発部 グロース・オペレーションチームの中村さんに、ANA Pocketを立ち上げた経緯や今後の展望について話を聞いた。
◆コロナ禍で“非航空事業”を育てる必要があった
ANA Pocketは2021年12月にサービスを開始した。その頃はコロナ禍の影響で、ANAの主要事業である航空事業が苦境に立たされ、「航空事業ではない“非航空事業”で新たな事業の柱を立てる必要があった」と中村さんは話す。
「飛行機を利用する以外に、『日常生活でANAと身近に接してもらうにはどうすればいいのか』と考えていく上で着目したのが『移動』でした。例えば仕事や学校へ行く時でも、何かしらの移動手段を使っているわけですし、そのなかで自然とANAのマイルが貯まるサービスがあれば良いのではと思ったのがANA Pocketが生まれた背景になっています」(中村さん、以下同)
飛行機に乗るのは、旅行へ出かける際などの“非日常的”なシーンが多い。一方で、日常的に自分の手の中に置いていけるようなスマホアプリであれば、普段から飛行機に乗らない人や、格安航空しか利用しない人も、ANAと接点を作ることができる。
「航空事業を中核にするANAグループにとっても、ANA Pocketを通じて若年層にANAを知ってもらう機会の創出をしていかなければならないと感じていました。こうした状況のなかで重要視したのが、楽しみながらアプリを使っていただけるような“ゲーム要素”でした。
指定の移動条件や距離をクリアするとポイントがもらえる『移動チャレンジ』や、貯まったポイントと引き換えに挑戦できる『ガチャ』など、日常の移動の中にちょっとしたプラスアルファの楽しみを提供していくことを意識しました」
◆マイルを貯める「モチベーションの維持」が鍵になった
しかし、当初はANA Pocketを利用する「モチベーション」をいかに保てるかが難しかったという。
普段からマイルを貯めている人であれば、航空券以外のショッピングにもマイルが使えるのを認識しているが、そうでない人は「マイルの使い道や貯めるメリット」を知らず、アプリを続けるモチベーションを保てないという課題が生じていた。
「ANA Pocketのガチャには、有料会員が使える『マイルガチャ』と、無料会員かつANAマイレージクラブ会員が使える『ANA SKYコインガチャ』、コンビニやオンラインショップで利用できるクーポンが当たる『Pocketガチャ』の3種類がありました。
そんななか、ユーザーに『マイルを貯めてもらいたい、マイルの価値に気づいてもらいたい』という思いがあったため、無料会員でもANA SKYコインではなくマイルが当たるマイルガチャを引けるようにしたのです。それが、サービスの成長するひとつのきっかけになりました」
さらに、「ポイ活勢への認知が広まった」こともユーザー層が広まった大きな要因だと中村さんは続ける。
「いわゆる“ポイ活”が好きな方に、『ANA Pocketはマイルが結構貯まる』というのが徐々に浸透してきて、SNSや口コミで拡散していったのもサービスの認知拡大に寄与したと考えています」
ANA Pocketをリリースした当初は、既存のANAマイレージクラブ会員の40代〜60代のユーザーが中心だったが、現在は20〜30代のユーザーも増えている。アプリ広告やSNS広告といったプロモーションを展開したことで、主婦層や若年層にも広まったのが大きな要因だという。
◆有料会員は1ヶ月にどれくらいマイルを貯められるのか
実際には、ANA Pocketを使えば1ヶ月でどのくらいマイルが貯まるのだろうか。
無料会員の場合は月間200マイルを貯めることができ、月額550円(税込)の有料会員の場合は、なんと月間900マイルも貯めることができるという。
3000マイルまで貯めれば、毎週発表される「今週のトクたびマイル(※)」の片道の国内線特典航空券と交換できる。有料会員のユーザーは月平均600〜800マイルほど獲得するので数か月間精力的に継続すれば3000マイルにたどり着ける計算だ。
※対象路線の中から通常のマイル数より少ないマイルで特典航空券と交換できるサービスのこと
また、有料会員は「Proマイルガチャ(ハズレなし)」にも参加可能で、中には1万マイルが当たったユーザーもいるそうで、さまざまな「飽きさせない工夫」が凝らされていることがうかがえる。
基本的に、ANA Pocketで獲得できるポイントの上限は30日間で20万ポイントと定められているが、“マイルの貯まりやすさ”から「有料会員の90%以上は毎日アプリを開く『アクティブユーザー』になっている」と中村さんは続ける。
◆「マネタイズ」と「ユーザー体験」のバランスを保つ難しさ
その一方で、事業を継続させるための「マネタイズ」と、毎日ポイントを貯めたくなる「楽しい体験」のバランスを保つのに苦労した部分もあったとか。
「マネタイズのひとつに広告収入がありますが、『広告を見てポイントを稼ぐ』という体験をユーザーに促すのはハードルの高さを感じていました。
『広告は付けないでほしい』、『アプリの仕様としてどうなっているんだ』という厳しい意見をいただくこともありましたが、『1日徒歩で何キロ移動しよう』といったチャレンジ機能を設け、そこに自然な形で広告を入れることで、ユーザー体験をできるだけ損なわないような工夫を凝らしています」
こうしたなか、既存のANAマイレージクラブとANA Pocketはどのように棲み分けているのだろうか。
「ANAマイレージクラブは航空移動に応じてマイルが貯まるのに対し、ANA Pocketは日常に視点を置いていて、“気づいたらマイルが貯まっている”という体験を大事にしています」
◆「普段の移動でもマイルを貯められる」ことを広めていきたい
今後は、ANA Pocketを通じてさまざまな「マイルの使い道」を提案していきたいと中村さんは展望を語る。航空券との交換だけではなく、日常のショッピングやレストランなど、幅広い利用用途があるのがマイルの特徴だ。
「決して、飛行機に乗ることだけがマイルの使い道ではなく、日常のお金として使える側面も認知を広げていければと考えています。他方で、ANA Pocketは『特典航空券と交換するのに、あと200マイル足りない』という場合に、少額マイルを貯めることができるツールとして活用できます。
旅に出かけるという目的を達成するために、ANA Pocketを使うことで、普段の移動でもマイルを貯められるという付加価値をより多くの人に届けていきたいですね」
◆「健康的な移動手段」ほどポイントが高い
また、健康促進のきっかけになる機能を追加することも見据えていると中村さんは続ける。
「実は徒歩と自転車、電車、自動車、飛行機でポイントの還元率を変えていて、健康的な移動になるほど獲得できるポイントが高いんですよ。徒歩は1kmあたり50ポイントが獲得できて、これが有料会員になれば1.3倍の65ポイントもらえるようになっています。今後は健康な移動に価値を付与できるように仕組みを作っていきたいですね」(※10月29日現在時点)
10月1日からはハワイで「ALOHA!Pocket キャンペーン」を実施。オアフ島の観光スポットやマイル提携店舗を訪れ、ANA Pocketでチェックインするとポイントやトートバッグがゲットできるといい、アプリを活かした幅広い取り組みを行っていることがわかる。
航空事業以外の新しい事業として成長が期待されるANA Pocketの発展に期待したい。
<取材・文/古田島大介>
【古田島大介】
1986年生まれ。立教大卒。ビジネス、旅行、イベント、カルチャーなど興味関心の湧く分野を中心に執筆活動を行う。社会のA面B面、メジャーからアンダーまで足を運び、現場で知ることを大切にしている