オーナー経営者のもとに、M&A仲介会社から「貴社との資本提携に関心がある企業がいるので、一度会ってほしい」というDMが届くことがあります。後継者不足により事業承継M&Aのニーズが高まっている昨今では、このような打診に興味を持つ経営者も多いでしょう。しかしM&A支援を行う作田隆吉氏(オーナーズ株式会社代表取締役社長)は、「仲介会社や買い手からの提案に乗る形で進めることは、事業売却に失敗する大きな要因である」と指摘します。

買い手は比較して決めるべき

オーナー経営者のみなさんのもとには、M&A仲介会社からのDMがたくさん届いているのではないでしょうか。その多くは、買い手の存在を示唆するものだと思います。「貴社“のような”事業に」、「関心を示す“可能性がある”企業がいる」といった記載は、具体的に貴社の買収を希望している買い手が存在しないと考えられ、飛びつくに値しない情報であることは、過去記事『M&A仲介会社から届く「弊社クライアントが、貴社のような優良企業様との資本提携を希望されております。」というDMの“真意”』でお話ししました。

一方で、「“具体的に貴社との資本提携に関心がある企業がいる”ので一度会ってほしい」というアプローチがM&A仲介会社からあった場合、 買い手の存在を偽ってはならないことを定めるM&A仲介協会の倫理規則に反していない限り、実際に買い手がいるのかもしれません。あるいは買い手から直接事業売却の打診があったのであれば、買い手が貴社に一定の関心を持っているといえるでしょう。

こうした打診があると、オーナー経営者としては、「自社を買いたいと言ってくる会社はどんなところだろうか」、「なぜうちのような会社に関心を持ってくれているのだろうか」と気になるところだと思います。最近では完全成功報酬を謳ったM&A仲介会社も増えてきていますので、「会ってみて気に入らなければやめればいい」と、オーナー経営者が気軽に買い手と会いやすい環境になってきているのではないかと思います。しかし、こうした仲介会社や買い手からの提案に応じて事業売却を進めることが、売り手が事業売却で失敗してしまう大きな要因となっています。

今回は、オーナー経営者がこうした買い手の打診に乗る形で事業売却を進めることの具体的なリスクについて詳しくお話ししたいと思います。

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買い手の競争環境が作られない⇒足元を見られやすい

売り手にとっての1つめのリスクは、売り手にとって魅力的な条件が勝ち取れないということです。仲介会社経由で接触した場合であろうと、買い手から直接連絡が来た場合であろうと、買い手は1対1で売り手と交渉していることを知っています。そのような状況においては、当然ですが買い手は「ぎりぎり売り手が応諾してくれそうなライン」を狙って条件を提案してきます。これでは到底、売り手にとって良い条件を買い手から引き出すことはできません。要するに、足元を見られやすい環境になってしまうのです。

売り手が良い条件を勝ち取るためには、買い手の間に競争環境を作ることが重要です。つまり、複数の買い手が手を挙げ、なんとか良い条件を提案して売り手に選ばれたいと努力してくれる環境です。1社が積極的にアプローチしてきてくれたということは、ほかにも関心を持つ買い手が存在する可能性は十分にあります。そういった関心を示してくれる複数社の買い手を巻き込み、売り手にとって有利な環境を作っていくこと。これが事業売却を成功に導く大切なポイントです。そして、売り手のためにこうした環境作りを支援するのが、売り手専属でM&Aを支援するファイナンシャル・アドバイザー(FA)の役割です。

ここで、買い手の間の競争環境の重要性を示す事例をひとつ、筆者らの支援案件のなかからご紹介します。

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〈A社のケース〉

A社オーナーは50代ながら事業承継を検討しており、大手M&A仲介会社と面談して情報収集をしておられました。某大手M&A仲介会社からは具体的に約7億円の株価評価を受けており、この値段であれば最短3ヵ月ですぐに買い手が見つかるというアドバイスも受けていました。同仲介会社は、論拠の乏しい簡便法である「年倍(買)法」による評価を行っていたものと思われます。

仲介会社の提案に納得できなかったオーナーは、売り手特化でFAサービスを提供する当社のサービスに相談へ来られます。当社では仲介会社とは異なるアプローチで、マルチプル法およびディスカウント・キャッシュ・フロー(DCF)法を採用して株価を試算し、13-15億円の評価を提示しました。さらに当社では、「限定オークション」という売却アプローチ(詳しくは別稿で解説します)を採用して買い手の間の競争環境を作り、より良い条件を目指す提案をしました。

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当社の支援のもとで売却プロセスを進めたところ、結果として買い手から約15億円の提案を勝ち取ることができました。当初の株価評価と比較すると、倍以上の評価です。これこそが、買い手の間の競争環境を作って売却プロセスを進めることの威力なのです。