会社法違反で起訴され、保釈中だった元会社代表の男が10月上旬、裁判に出廷しなかったとして「刑事訴訟法278条の2違反」の容疑で逮捕された。
罪名は「不出頭罪」。保釈中の被告人が正当な理由なく公判期日に裁判所に出頭しないときに成立する。「正当な理由」とは、病気や災害による交通途絶などがあたる。報道によれば、容疑者は出頭しなかった理由を「刑務所に入りたくなかった」としている。
2023年5月の刑事訴訟法改正で新設
聞きなれない罪名だが、創設は2023年5月。「刑事訴訟法の一部を改正する法律」によって新設された。
従来も、公判期日に出頭しなければ”罰”といえるものはあった。保釈が認められた際に納付する保釈保証金の没収だ。
こうした仕組みがあるにもかかわらず、なぜ、新たに独立した犯罪として処罰されるようになったのか。その一因には、元日産自動車会長のカルロス・ゴーン氏の”逃亡事件”があるといわれる。金融商品取引法違反等で起訴された同氏は、保釈中に逃亡。その際の保釈保証金は15億円ともいわれている。
保釈保証金の相場
保釈保証金は保釈が認められた際に納めるお金だが、あくまで一時的に納付するだけのもの。保釈中に裁判所の指定条件を遵守すれば返還される。逆にいえば、条件をクリアしなければ、全額没収される。このことが”抑止力”として働くと考えられていた。
保釈保証金の一般的な相場は300万円前後、著名実業家のケースでは6億円、元プロ野球選手で500万円だったといわれている。そうした中で、ゴーン氏が多額の保釈保証金を納めたにもかかわらず逃亡したことで、抑止効果が不十分として、”厳罰化”につながったとみられている。
出頭しなかった容疑者の思惑
そうした中で今回の事件では、容疑者は「刑務所に入りたくなかった」との理由で、不出頭罪で逮捕されている。刑事事件に詳しい、堀田和希弁護士に不出頭罪の意味や出頭しなかった容疑者の思惑、逮捕後の流れ等について聞いた。
不出頭罪は聞きなれない罪名ですが、それまでは保釈後に不出頭でも罪に問われなかったのですか。
堀田弁護士:
罪には問われませんでした。ただし、正当な理由なく、公判期日に出頭しなければ、保釈が取り消され、保釈保証金が没取されます。
制度創設のきっかけはカルロス・ゴーン被告の逃亡事件ともいわれています。それまでに不出頭などの事案はなかったのでしょうか。
堀田弁護士:
少なくとも私は聞いたことがありません。
新法を創設しなくても、不出頭ならば明確に非を問えると思います。あえて罪として独立させたことにどんな思惑があるのでしょうか。
堀田弁護士:
不出頭の場合には保釈の取り消しおよび保釈保証金の没収が保釈後の逃亡等の不出頭への抑止力だったところ、カルロス・ゴーン被告の逃亡事件で資産家には保釈保証金の没収が抑止力として足りないということで、新たな抑止効果を見込んで不出頭罪を創設したのかと考えます。
新法では不出頭の場合、どのような罪に問われるのでしょうか。
堀田弁護士:
2年以下の拘禁刑に処されることになります。
裁判所との約束を守らなければ当然、より厳しい追及を受けることが想像されます。にもかかわらず出頭しない人の心理はどんな状態と推察されるでしょう。
堀田弁護士:
心理としては今回の事件のように裁判の結果が有罪判決(実刑判決かつ執行猶予なし)とされる可能性が高い被告人が刑務所行きを逃れるためにするのかと思います。
今回の事件では、被告は「刑務所に入りたくなかった」と容疑を認めているそうです。もし逃亡生活をつづけた末に逮捕された場合、約束通り出頭していた場合と比較して、逮捕後の流れはどのように変わるのでしょうか。
堀田弁護士:
まず、保釈は取り消されたうえで保釈保証金は没収されると思います。そして、その後は拘置所に勾留されたうえで刑事裁判に出廷することになるでしょう。裁判では逃亡により本人の反省が認められず、約束通り出頭していた場合と比較すると量刑が重くなるかと思います。
不出頭が罪に問われるようになったことを踏まえ、改めて「保釈」の意味を説明してください。
堀田弁護士:
保釈とは、起訴後に勾留されている被告人が釈放されることをいいます。
保釈には「権利保釈」および「裁量保釈」の2パターンがあります。実務的に保釈申請して認められる場合は裁量保釈であることが多いです。
裁判所に保釈を認められるためには、それぞれの要件を満たす必要があります。仮に保釈が認められても裁判所が定める保釈保証金を納める必要があります。
裁量保釈が認められた場合は、裁判所も「被告人が逃亡せずに刑事裁判にきちんと応じる」と信じてくれたということになります。
ですので、不出頭は裁判所の被告人に対する信頼を裏切る行為になり、裁判所の被告人に対する心証は当然非常に悪くなります。そのため、当たり前の話ですが、保釈が認められた場合は裁判の日にきちんと出頭しないといけません。
法を逸脱して刑事責任を問われている立場の被告人が、裁判所との約束を反故にして、私利私欲のために逃亡を図る。現状を受け入れたくないからと大胆な行動をとれるなら、その強い思いをほんの少しでも更生のために振り分けてほしいものだ。