通常、年金受給が始まるのは「65歳」ですが、65歳より前に受給を開始できる「年金の繰上げ受給」をご存じでしょうか? 早くお金がもらえることから“一見お得”のこの制度ですが、「思わぬアクシデント」で後悔するケースもあると、ファイナンシャルプランナーの辻本剛士氏はいいます。今回は、年金の繰上げ受給の“盲点”について、62歳サラリーマンの事例をもとに解説します。

”いつ死ぬかわからないし”…「年金の繰上げ受給」を決断した雅史さん

59歳の木村雅史さん(仮名)は、妻の和代さん(仮名)と2人暮らしです。雅史さんは長年、飲料メーカーの営業職を務め、忙しい日々を送ってきました。趣味はアウトドアで、週末は仲間とキャンプに出かけたり、ハイキングを楽しんだりしています。

一方、和代さんは専業主婦として、長年夫のことを支え続けてきました。趣味はお菓子作りで、月に数回お菓子教室に通っています。

そんなある日、60歳を目前に控えた雅史さんは、ある決断をしました。それは、「年金の繰上げ受給」です。

年金の繰上げ受給とは、本来の受給開始年齢である65歳より前に年金を受け取る制度のこと。雅史さんは悩んだ末、60歳から年金を受け取ることにしました。

雅史さんが「年金の繰上げ受給」を選んだワケ

雅史さんは少し前から、「年金はなるべく早く受け取りたい」という思いがありました。というのも、現時点で年収は約550万円ありますが、60歳を境に年収は約240万円と大幅減額する見込みです。

また、雅史さんにはかつて懇意にしていた知人がいましたが、「年金が増えるから」と繰下げ受給を選択し受給開始を70歳まで後ろ倒しにしたにもかかわらず、翌年71歳で亡くなってしまいました。

このことから、「俺もいつ死ぬかわからないし、せっかくの年金を受け取れないまま終わるのはもったいない。できるだけ早く年金を受け取って、いまの生活を楽しむことのほうが大切だ」と考えるようになりました。

60歳以降も働く意思のある雅史さんは、60歳以降の収入が減ったら「高年齢雇用継続給付」がもらえること、ただし繰上げ受給を選択すると年金額の調整があることはネットで調べて知っていましたが、それでも意思は変わりませんでした。

相談すると、妻の和代さんは「受け取れるはずのお金が減るって、大丈夫なの?」と不安そうにしていましたが、雅史さんの強い意志と説得により、最終的には夫の決断を受け入れることにしました。

雅史さん宛てに送られてきた「ねんきん定期便」によると、65歳から通常通り年金を受給すると月額16万円(厚生年金9万2,000円+老齢基礎年金6万8,000円)の予定です。しかし、繰上げ受給を選択すると1ヵ月ごとに0.4%年金が減額され、雅史さんのように60歳からの繰上げ受給を選択すると、支給額は24%減額され12万1,600円になります。

加えて、高年齢雇用継続給付により、賃金の6%にあたる1万2,000円が年金から調整される(引かれる)ことになり、雅史さんが受け取れる年金額は約11万円になります。

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年金を早く受け取ったことで、生活が安定した雅史さん

その後、雅史さんは60歳になり、給与と高年齢雇用継続給付に加え、繰り上げた年金を受け取る生活がスタートしました。月額に直すと、給与は月20万円、繰上げ後の年金が約11万円、高年齢雇用継続給付は3万円で、合計34万円での生活です。

すでに住宅ローンは完済しており、夫婦2人だけの生活のため、34万円でも安心して暮らしていける金額です。

そのため、60歳以降も引き続き2人は趣味であるアウトドアやお菓子作りなどを楽しむことができます。雅史さんは、「やっぱり、繰上げ受給にしてよかった」と安堵しました。

しかし……。